ラストの予想

 シンのキャラ考察をする前に、DESTINYのラストシーンを適当に予想してみました。
 SSの形で書いてみたので、そういうものが苦手な方はご注意ください。
 
 
 

 最後の戦いで大破したデスティニー。
 しかし、パイロットは奇蹟のように一命を取り留めていた。


 デュランダルが失脚し、再び穏健派によって統治されることとなったプラント。
 そのザフトの軍病院の一角──


1 「シンが……記憶喪失だって!?」
「ああ」
「怪我のせいか!?」
「いや、心因的なものだと聞いた。この数年にあったこと……家族を失ったことも、ザフトの戦士だったこともみんな忘れているそうだ。オーブで平和に暮らしていた頃に…14歳だった頃に戻っている。戦いの日々がよほど辛かったんだろうな。家族と一緒に過ごしていた日々……悪夢に怯えることも無く、陽だまりのように暖かだった日々にまで、あいつの記憶は遡ってしまったみたいなんだ」
「そうか。……会えるかな、あいつに」
「それは大丈夫だそうだ。問題があるのは記憶に関してだけで、肉体の方は順調に回復しているらしい。……それより、お前はいいのか、こんな所で油を売っていて?」
「平気さ。お前も知っている通り和平条約の調印は済ませた。あと数時間は自由なんだ」
「そしてオーブへとんぼ返りか。相変わらず忙しいようだな」
「もうわたしもお飾りの代表ではいられないからな…… ところでアスランは……」
「ん?」
「いや、何でもない! あの部屋だな、シンがいるのは」


2 少年はベッドの上で身を起こし、窓の外を眺めていた。
 他にすることもない。見知らぬ天井、見知らぬ壁、見知らぬ光景。
 意識を取り戻したらこの部屋にいた。どうやら病室のようだ。独特の薬臭がする。
 定期的に部屋を訪れる白衣を着た医師らしき人物の話だと、ここはプラントのコロニー群のひとつらしい。コロニーの名前も聞いたのだがすぐに忘れた。少年にとってプラントなど縁遠い世界だった。
(なのに、どうして俺はこんな所に……)
 何度も胸の中で繰り返した疑問。一向に回答は見出せない。
 ──君は事故に遭ったんだ。
 医師からはそんな風に教えられている。どこか言葉を濁しているようにも感じられたが、今はその言葉を信じるしかない。
(それにしても……)
 少年は憤慨する。
(父さんも、母さんも、マユも! ちょっと薄情すぎないか? 息子がこんなに大怪我をして苦しんでいたのに、連絡ひとつ寄越さないなんて!)
 そして懐からピンクの携帯をとり出した。かなり汚れているがマユのものだ。どうして自分が妹の携帯を肌身離さず持っていたかなんて想像もできないが、やがて記憶を取り戻せば納得のいく理由を見出せるだろう。
(もしかすると、マユに怒鳴りつけられるかもな)
 何しろ妹は繊細な年頃だ。極めてプライベートであるべき携帯を持ち出したことを知られでもしたら……
(しばらく口をきいてくれないかも知れない)
 少年は口をへの字に曲げ、言い訳を考え始めた。何しろ家族が来るまで時間はたっぷりある。


3 ノックの音がした。
「開いてますよー」
 検診の時間かな?
 そのように見当をつけて扉の向こうに声をかける。
「シン……いいか?」
 見知らぬ金髪の少女が姿を見せた。
「え……あんたは?」
 その髪と瞳の色に誰かの面影が一瞬重なり、不覚にも涙が出そうになった。目の前の少女に対してではない感傷。
『シン……を守るって。でも、もういい。もう終わったことだから。もう苦しまないで。……さよなら』
 空耳がしたような気がした。
(何だ?)
 不思議な胸の痛みを堪えつつ、少年は少女の返事を待った。
「わたしはカガリ。お前の……その…知人だ」
 少女は困ったような表情で自己紹介した。
 彼女の少々気詰まりそうな雰囲気はもしかすると自分のせいかも知れない。彼女の言葉を信じるなら、自分達は知り合いだ。なのに『あんた誰?』という目つきで見られて、居心地の良かろうはずがない。
「……ごめん。信じてもらえるかどうか分からないけど、俺、どうやら記憶喪失らしくて……あんたのこと、覚えてないんだ。本当にごめん!」
 シンは頭を下げた。
「い、いや、そんな……謝ってもらうようなことじゃ……」
 少女は慌てて首を振る。
「カガリ……」
 少女の傍らに付き人のように従っている少年が面白そうに笑った。
「あ、すまない。彼を紹介……いや、知り合いなんだからそういう言い方は変か。いやでも、シンには記憶が無いんだから、やっぱり初対面のようなもので……」
「カガリ、落ち着け。シンが目を丸くしているぞ」
「そ、そうだな。すまない。彼の名前はアスラン・ザラ。シンの……ええと……」
「お前の友人だ、俺は」
 そう言うとコツコツと足音を立てて少年はベッドに近寄ってきた。
「生きていて……本当に良かった、シン!」
 そう言うなり、『アスラン』は少年の両肩を掴んだ。とても強い力だ。けれど、暖かな温もりが伝わってきて、『アスラン』が心の底から少年の無事を寿いでくれていることが分かった。
「アスランさん……その、俺、あなたのことも覚えてなくて……」
 少年は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、年長とおぼしき少年の顔を見上げた。
「いいさ、シン。仕方のないことだ」
 青い瞳が優しく微笑んでいた。
「だけどシン。少し文句を言ってもいいか?」
「な、何でしょう」
「お前、俺のことは『アスランさん』ではなく『アスラン』と呼んでいたぞ。たとえ記憶をなくしていても、だから俺のことは『アスラン』と呼ぶように。ハイネだってその方が嬉しいだろうし……」
「『ハイネ』?」
「……俺達の共通の知人だ。彼は……いや、そうだな、いずれ折を見て話してやるさ」


4 シンの病室の扉が開いた。
 赤い髪の少女は慌てて通路の陰に身を隠した。
 扉の向こうから姿を現したのは、オーブの代表首長とアスラン、そして……シン。
 リハビリに向かうのだろう。
 三人は仲良く談笑していた。
 シンの笑顔が胸に痛い。
(シン……)
 視界が涙で霞む。
 シンは記憶を失ったと聞いた。
 ……つまり、彼の心の中に自分はいないのだ。
 あのはにかむような優しい笑顔が自分に向けられることは、もう……
 少女の顔が翳りを帯びた時──
「お姉ちゃん!」
 背中をポンと叩かれた。
 聞き覚えのある声。
 とても大切な半身の──
 少女は恐る恐る振り返った。あたかも今の声が幻聴であったかのように。
 けれど無論それは杞憂だった。
 眼前には妹のとても懐かしい笑顔が広がっていた。


5 病院の上空を三つの“気”が漂っていた。
「もういいのか」
「うん……」
「さよならは言ったんだな」
「言ったけど……シン、気づかなかった……」
「ま、仕方ないさ。普通の人間ってそんなものだ。わかっているだろ?」
「うん……」
「これからは俺達が一緒にいてやるよ」
「うん……ネオは?」
「ネオは……」
「ネオは遅れてやってくるさ。彼にはまだすることがあるんだ。だから俺達だけで先に行って待ってよう、な」
「待ってれば、ネオも来る?」
「ああ」
「……シンも?」
「いつか必ず、な。今はそれでいいだろう?」
「うん」
「じゃ、そろそろ行くぞ」
「うん……!」

 地上にはあの少年がいた。松葉杖をつき歩行訓練の最中のようだ。
 一生懸命な顔が好もしい。
 彼は“彼女”を守ると誓ってくれた。
 ずっと一緒にいられると信じていた。
 だけど……自分はここまでだ。
(シン……ごめんなさい……ステラは……)
 “気”は一陣の風となって少年の頬を撫でると、そのまま空中に溶け込んでいった。

「どうした、シン?」
 アスランが怪訝そうな顔になった。
 シン本人も驚いている。
「あれ……どうして、俺……」
 涙が溢れてとまらないのだろう。

[17-09-10]