「すいせいはもっとばーってうごくもんな!」(カミーユ・ビダン)

▼シンの精神崩壊エンドという言葉を見かける機会が、最近、割と多いです。ですが、その言葉を目にするたびに奇妙な気分になります。
 つまり「人の心ってそんなに簡単に壊れるのかな? そんなに脆いものなのかな?」という違和感です。
 肉親や親友を喪って悲嘆に暮れる。その気持ちは分かります。私だって経験があります。故人を思い出すと涙が止まらなくなる。
 だけど、だからといってその度に心が壊れてしまったなら、世界はそういう人で溢れ返っているはずです。
 でも、現実には違う。大切な人をなくしても、深い傷を負いつつも、それで壊れることもなく、多くの人はその痛みを堪えながら営々と生きていきます。
 ですから、劇中人物の心が壊れるには「悲しみ」以外にもっと別の要因が存在しなければ、納得できる演出とはいえません。
 たとえば、ものすごく繊細で心の弱い人物としてそれまでの物語で描かれていた場合……こういう場合には、そのキャラクターが何度も悲惨な運命に見舞われた末に心を壊してしまったとしても、(物語としての快・不快はともかくとして)それなりに納得のいく展開ではあると思います。
▼それでは、シンは「繊細で心の弱い人物」なのでしょうか。

シン 「おい、ちょっと待てよ、ルナ。ルナ。ルナ、何怒ってるんだよ」
ルナ 「別に怒ってないわよ」
シン 「怒ってるだろうが」
ルナ 「……もういいって」
シン 「よくないだろ。わけわかんないよ」
ルナ 「……ちょっと、話したいと思っただけよ」
シン 「え」
ルナ 「あの時はバタバタしてたから。……アスランとメイリンのこと」
シン 「あっ」
ルナ 「……でも、もういい」
シン 「え」
ルナ 「言いたかったのは、気にしないでってことだけだから」
シン 「……」
ルナ 「生きてるかもって思うと、わたしも何だか落ち着かないけど、でも、シンは悪くないから」
シン 「ルナ……」
ルナ 「命令だったの、わかってるし、疑いは晴れてないんだし……だから気にしないでって、それだけ。ごめんね」
シン 「ルナ……」
(PHASE-46 真実の歌)

 この会話は44話の以下の会話を受けてのものです。

レイ 「俺たちには考えておかねばならぬことが他にあるだろう」
ルナ 「え」
レイ 「フリーダム、そしてアスラン・ザラ」
ルナ 「ア、アスラン?」
レイ 「ああ」
ルナ 「アスランて、どういうこと?」
レイ 「生きてアークエンジェルにいる」
ルナ 「えっ」
レイ 「この機体に乗っていたのは、奴だ」
ルナ 「じゃあ、メイリンも……」
シン 「うっ」
ルナ 「メイリンも生きてるの……?」
(PHASE-44 二人のラクス)

 この時のシンはとても辛そうな表情を浮かべていました。今にも泣き出しそうな貌。
 そのことがずっと気懸りで、彼の心の負担を取り除こうとルナマリアは46話で「気にしないで」と言おうとしたのでしょう。
 ですが、シンはけろりとメイリンたちのことを忘却していました。悩んでいたこと自体、彼の中では無かったことになっていたようです。
 これは薄情とかそういうことではなく、彼の心がタフ(頑強)である証拠だと思うのです。
 ですから、シンが「繊細で心の弱い人物」とはちょっと思えません。
▼ところで、シンの引き合いにされることもある『Zガンダム』ラストにおけるカミーユの精神崩壊はどういうものだったのでしょう。

カミーユ 「お前だ! いつもいつも、脇から見ているだけで、人を弄んで!」
シロッコ 「勝てると思うな、小僧!!」
カミーユ 「許せないんだ! 俺の命に代えても、体に代えても、こいつだけは!」
シロッコ 「こいつ……何だ?」
カミーユ 「わかるはずだ。こういうヤツは、生かしておいちゃいけないって。わかるはずだ。み、みんな! みんなにはわかるはずだ!
エマ (焦りすぎよ。だからいけないの)
ライラ (パワーがダンチなんだよ。そん時はどうすればいい?)
カミーユ 「……俺の体を、みんなに貸すぞ!」
エマ (それでいい、カミーユ!)
カツ (現実の世界での生き死にに拘るから、ひとつのことに拘るんだ)
サラ (ダメよ!)
カミーユ 「まだそんなことを言う!」
レコア (サラ、おどき!)
ロザミア (そう! 子供にはわからないんだから!)
フォウ (今はカミーユに任せるの)
サラ (嫌よ。ハプティマス様は……)
カミーユ 「今日という時にはいてはならない男だ。わかってくれ、サラ!」
サラ (ダメです! パプティマス様はわたしの……!)
カツ (何でそう…頭だけで考えて……そんなんじゃ、疲れるばかりじゃないか、サラ……)
サラ (だって…そうしないと……あたし……)
カツ (カミーユが見ているものを見てご覧よ)
サラ (……)
カツ (あの中にいる人だって、すぐこうして溶け合えるよ)
サラ (ほんとう?)
カツ (ああ)
シロッコ 「Zが……。どうしたんだ? ……私の知らない武器が内臓されているのか?」
カミーユ 「わかるまい。戦争を遊びにしているシロッコに、この俺の体を通して出る力が!」
シロッコ 「『体を通して出る力』? そんなものがモビルスーツを倒せるものか!」
カミーユ 「何!」
フォウ (カミーユはその力を表現してくれるマシーンに乗っている!)
ロザミア (Zガンダムにね)
シロッコ 「お、女の声?」
カミーユ 「まだ、抵抗するのなら! うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
シロッコ 「ジ・オ、動け! ジ・オ、なぜ動かん! ううっ!? うおっ!」
カミーユ 「ここからいなくなれ!」
シロッコ 「私だけが死ぬわけが……貴様の心も一緒に連れて行く……カ、カミーユ・ビダン」
カミーユ 「シ、シロッコ……やったのか? ……はっ!? ああ……光が…広がっていく?」
 ────────────
ファ 「カミーユ? ……カミーユ、生きてるんでしょ!? カミーユ、返事をして! カミーユ!」
カミーユ 「……あ? おおきなほしがついたりきえたりしている。あはは、おおきいー! すいせいかなぁ。いや、ちがう。ちがうなぁ。すいせいはもっとばーってうごくもんな!」
ファ 「……あ…あぁ……あぁ……」
カミーユ 「あつっくるしいなぁ、ここ。うーん…でられないのかな。……おーい、だしてくださいよ。ねえ」
ファ 「……か、艦長。ブライト艦長……カミーユ・ビダンが……。聞こえますか、アーガマ」
(『Zガンダム』50話 宇宙を駆ける)

 カミーユの精神崩壊を決定づけたのは、木星帰りの天才、異常に進化したニュータイプであるパプティマス・シロッコです。彼がカミーユの精神を巻添えにしてこの世を去ったことが、作中で明らかにされています(上記引用の下線部)。
 それでは、『DESTINY』にはそのようなことができる者がいるでしょうか。
 条件としてはニュータイプであること。
 他者の意識に直接触れることのできる存在でなければ、シロッコのような芸当は不可能です。
 となると、可能性があるのはニュータイプであると作中描写で示唆されているキラ(『SEED』LAST-PHASE、『DESTINY』PHASE-12等)、アスラン(『SEED』LAST-PHASE)、そして、レイおよびムウです。
 このうち、キラ・アスラン・ムウに関しては、彼らが他人の精神を壊して廃人にしようと考えるとはあまり思えません。
 死ぬ間際のシロッコと同じことをやるとするなら、目的のためには手段を選ばない人物として描写されているレイだと思うのですが、それもシンを相手にする場合はかなり微妙となってしまいます。

レイ 「強くなれ、シン……!」
シン 「え」
レイ 「お前が守るんだ。議長と、その新しい世界を……!」
シン 「あ…う…レイ!?」
レイ 「それがこの混沌から人類を救う最後の道だ」

 レイは全ての大切なものをシンに託して逝くことを決意しているようです。生涯の終わりに、同志、そして親友と考えている男に遺す言葉に偽りなどあろうはずもありません。
 だから、彼がシンの心を壊すことなどありえない(最後の土壇場でシンが議長を裏切った場合は別ですが)。
▼以上、見てきたように、シンは繊細な心の持ち主ではありません(むしろかなり鈍感/笑)し、彼の心を壊そうと目論む敵もいません。
 つまり、作中に精神崩壊の伏線が描かれていない。
 なので、彼の心がラストで壊れるのなら、それはよほどの急展開だと言えると思います。それこそシンVSレイになるくらいの……。
 ただ、まあ、たとえば『Z』の富野監督の旧い作品には最終回で主人公側に寝返って、世界の主役と化したキャラもいますから、迂闊な予測はできないのですが。最後まで何が起こるか分かりません(笑)。

[17-09-24]