「復隊したというか…まぁ、うん……」

 今回のアスランは精彩を欠く印象でしたね。
 FAITHという超エリートとして復帰したとはいえ、アスランが傲岸不遜な態度に出ることはとても想像できませんが、それにしてももう少し積極的な物言いをしても良いと思います。
 彼が強気に出ることのできない理由は、おそらくザフトの人々に対して後ろめたさがあるからだと思います。
 FAITHには前線の部隊に対し作戦立案、指揮をとる権限がある──これは、彼が兵達の生殺与奪を自由にできることを意味します。
 アスランは心の底から熱望してザフトに復帰した人物ではありません。このことは、

「復隊したというか…まぁ、うん……」

 というルナマリアに向けた台詞からも想像できます。口ごもったりして、何とも消極的な雰囲気でした。
 それなのに、そんな彼の命令でザフト兵達を死地に赴かせることができる。
 本質的に生真面目な性格のアスランにとって、これはとても心苦しい立場ではないでしょうか。
 そういう後ろめたさが彼から積極さを奪っているのではないかな、と思うのです。
 基本的に不器用な生き方しかできないのでしょうね、アスランは。

 ところで、確かに私達視聴者なら、様々な人物とのアスランのやり取りを知っていますから、彼の後ろめたい内心を察することができます。
 ですが、そういう事情を知らない物語の中の人々、なかんずくミネルバ・クルーは、FAITHとして突然目の前に現れたアスランについてどのように思ったことでしょう。

 まずは次に引用する文章に目を通してみてください。

 当時の陸海軍では、日清、日露戦争以来の伝統にしたがい、諜報任務はひどく過酷なものだった。ひとたび任務をあたえられると、時には戸籍をまっ殺し、あるいはわざと不名誉な理由をつけて軍籍をはく奪して、目的地におくりこむ。そして、現地につくと、表面は善良な移民をよそって商売などをしながら、こっそり敵情を探る。
(児島襄『16年12月8日』より引用)

 まあ、日本に限らず、俗に「スリーパー」と呼ばれるスパイ活動従事者は大抵似たようなものだそうですが、今回は手近にあった資料から引用してみました。

 さて、この文章をアスランについて適用してみます。

 ・「不名誉な理由で軍籍剥奪」→アスランはFAITHでありながら当時のザラ議長に反逆者として捕らえられ、その後脱走したとされました。
 ・「表面は善良な移民を装って商売」→アスランはアレックスという偽名でオーブに移民し、代表首長のボディガードをしていました。(※)

 いかがでしょう。表面的には、まさに『DESTINY』冒頭のアスランの状況と一致するように見えますよね。
 つまり、「何らかの密命を帯びてオーブに潜入していたFAITHのアスランが、ミッションの完了によりザフトに帰還した」という風なことを、事情を知らない人々が考えたとしても不思議ではないでしょう。
 要するに「アスランは最初からザフトを裏切ったりなどしていなかった。亡命を装っていただけだった」という解釈。
 そうとでも思わなければ、出戻りの彼がいきなりトップエリートたるFAITHとして復帰するなど、真面目に軍務をこなしてきた人々には納得できないと思います。
 ルナマリアの、

「でも、何で急に復隊されたんですか? …なーんて、とっても訊いてみたいんですけどー、いいですか?」

 という台詞はその辺りに関する詮索だったんじゃないかな、という気がします。「オーブに潜入していたのは、ホントは何か命令されていたんでしょ? どんな密命だったんですかぁ?」という感じの。
 ルナマリアの「復隊」という言い回しからも、そのような印象を受けました。

 それに対し、シンの、

「ザフトに戻ったんですか? 何でです」

 という台詞は直情的なものに聞こえました。「ザフトを抜けたり、オーブを出たり、またザフトに戻ったりして、フラフラしやがって!」という苛々した感情の発露ではないかな、と。

 もっとも、シンの場合、かなり複雑な性格の持主のようです(←「オーブが嫌いだ、信じない」と毒づきながら、PHASE-12でいざ本当にオーブに裏切られると激しく動揺した、みたいに)
 それゆえ、嬉しい気持ちをうまく表現できなくて、つい突っ掛かっているように聞こえる言葉を口にしてしまった、という風にも考えられます。第一クールではどうやらアスランのことを慕っているような描写もありましたから。
 つまり、アスラン自身は本心からザフトに復帰したという気持ちではないため、シンの問いかけに「そういうことになるね」と醒めた返答をしました。ですが、この質問をした時のシンは、ザフトという組織への熱い想いの吐露など、もっと積極的な返答をアスランがしてくれるものと期待に胸を膨らませていたのではないか、とも思えるのです。

 もしくは、「何でです」と言った時の眉を顰めた少し辛そうな表情からの推測ですが、この時のシンはアスランに対して(一方的に)同情を寄せていたのかも知れません。
 すなわち、シンはオーブに裏切られたことでとても辛い思いをしました(←これを契機にSEEDを発動させたくらいです)
 信じていたものに裏切られる悲哀、喪失感には言葉で言い表せないくらい悲しく辛いものがあるでしょう。
 『アスランさんがオーブを去りザフトに戻った裏には、あの時の自分と同じような何か苦しい出来事があったからではないだろうか……』
 シンは勝手にそのように想像を逞しくして、『もしそうだとしたら、アスランさんがかわいそうだよ……あんなにオーブ(アスハ代表)のことを大事に思っていたのに……』と思い込み、上記のように発言したという可能性もあると思います。

 ……いずれにせよ、シンの出番自体が少ない以上、乏しい材料から彼の内心を推測するのは困難なのですが(笑)。

(※)工作員が「国家元首のボディガード」という近辺にまで潜り込めるものか、という疑問もあると思います。その職務に就くにあたり、徹底的にその背景などを洗われるのではないか、と。
 ですが、例えばベングリオン(昔のイスラエル首相)の個人的アドバイザーであり国防省の戦略顧問だったイスラエル・ベアーという人物は、実はKGBのエージェントでした。
 また、もう少しでシリアの国防大臣になるところまでのぼりつめたエリ・コーエンというモサドのエージェントも存在します(正体が発覚し1965年5月ダマスクスで公開処刑)
 このように、凄腕のエージェントなら、国家元首に近づくことも可能なわけです。
 もしミネルバ・クルーが上記のように「アスランは密命を帯びてオーブに潜入していた」と誤解したならば、誤解ついでに「わずか二年で国家元首たるアスハ代表の側近の立場にまで潜り込んだなんて、アスランはもの凄い男だ」と更に楽しい誤解をしているかもしれませんね(笑)。

[17-01-23]