「あなたが信じてきたことを」


▽ヤバイです、最終回。
何がヤバイって、かなでが健気すぎる。
かなでの心情を想像すると涙が出そうになる。
ずっとあの世界で音無のことを待っていたんだね、と。
いつ来るかも分からない。もしかしたら永遠にやって来ないかも知れない音無に会うために。
人間ではない、魂の抜けた人形であるNPCたちに囲まれて、ひとりぼっちで。
しかも。
ようやく同じ「人間」である「戦線」メンバーと出会えて、せっかく仲良くなれたと思ったのに(Track ZERO第四話のお茶会)、いきなり掌を返されて、(誤解からとはいえ)嫌がらせをされるようになって。
繰り返される理不尽な仕打ちに耐えながら、ずっと音無を待っていて。
出会えて。
しかも、待ち焦がれていた彼だけが奇蹟のように彼女の本心を理解してくれて。
助けてくれて。守ろうとしてくれて。

そして。
来世ではどうやら幸せになれそうで――良かったね、と。

▽ラストの場面のことですが――
かなでと同じ色の髪をした少女が誰かを待っている。
  ↓
携帯を確認した後、少女は待ち人の到着を待つことなく歩き出す。
  ↓
音無と同じ色の髪をした青年が少女とすれ違う。
  ↓
青年は歩き去る少女を慌てて追いかける。

この場面で青年が少女を追いかけた理由については、“音無だった頃の記憶が蘇って、かなでの生まれ変わった姿だと気付いて追いかけた”というのもありだと思いますが……むしろ、青年の首に少女のそれとお揃いのデザインのペンダントがかかっていたことを重視したいな、と。

つまり。
転生を果たした音無とかなでは既に付き合っていて。
音無がかなでとの待ち合わせの時間に遅れる(あるいは待ち合わせの場所を間違える)。
  ↓
「もしかしたら場所を間違えているのかも」とかなでは考え直し、音無を探そうと別の場所に向かうことを決める。
  ↓
音無はかなでが別の場所にいると思っているので、この場にかなでがいることは想定外。なので、人混みの中、最初はかなでの姿に気付かず通り過ぎる。
  ↓
歌を口ずさむ声が聞こえて、かなでが近くにいるんじゃないかと、音無きょろきょろ。
  ↓
かなでが別の場所に行こうとしているのを見つけ、慌てて追いかける。

そして、このように考えれば、「あの世界に音無が来るのを待っていたかなで」という『Angel Beats!』本編を象徴した終わり方のようにも思うんです。


音無「だって俺は……かなでのことがこんなにも……好きだから。……好きだ」
かなで「……」
音無「どうして……何も言ってくれないんだ」
かなで「……言いたくない」
音無「どうして」
かなで「今の想いを伝えてしまったら、あたしは消えてしまうから」
音無「どうして」
かなで「だってあたしは……ありがとうをあなたに言いに来たんだから」
  (中略)
かなで「結弦、お願い。さっきの言葉、もう一度言って」
音無「そんな……嫌だ。かなでが……消えてしまう」

▽愛を告げればかなでは「この世界」を去ることになる。
そう聞かされて、音無は葛藤して。震えるくらい葛藤して。
……ずっと他人のために生きてきた音無にとって、この夕焼けの場面の告白は、初めての我が儘だったのかも知れません。初めて“自分のために”生きようと強く願った瞬間だったのかも知れません。
だから、この場面の音無は今までの彼とは豹変したように見える。いつものスマートさを失って見える。泥臭さが滲みでているように見える。
この夕焼けの場面はそういうことなんじゃないかな、と。

かなで「結弦、お願い」
音無「そんなこと……できない!」
かなで「結弦! あなたが信じてきたことを、あたしにも信じさせて。……生きることは、素晴らしいんだって」

▽泣きそうなかなでの表情が堪らないです。
ずっと――何があっても、どんな酷い目に遭わされても、淡々とした態度を保ってきた彼女のこれまでを思えば……こんなにも悲しそうな顔を見せるなんて、本当に辛いんだろうな、と。
身を切るような痛さを感じているんだろうな、と。
――自分を消してくれ。
大好きな人にそう告げているのですから。
そして、何よりも……
自分のせいで、大好きな人が今まで「信じてきたこと」を見失おうとしているのですから。
「生きることは、素晴らしい」
そう言い続けてきた音無が、彼女への愛ゆえにこの狭く閉ざされた死後の世界に留まろうとしている。
大好きな人にそうさせているのは自分であることが悲しくて。
大好きな人が、他ならぬ彼女自身のせいで節を曲げようとしていることが悔しくて。
だから、泣きそうな顔で叫んだのでしょう。
「あなたが信じてきたことを、あたしにも信じさせて」と。

そして、その想いは音無にも届いた。
うながす彼女に向けて音無は告げました。
何度も何度も葛藤する表情を見せて。
逡巡を繰り返して。
ようやく決意をして。
そして――
「さっきの言葉」を、かなでの願い通り、「もう一度」口にしました。
彼女をこの世界から去らせるために。

かなで「結弦」
音無「かなで……愛してる。ずっと一緒にいよう」
かなで「ありがとう、結弦」
音無「ずっと、ずっと一緒にいよう」
かなで「うん。ありがとう」
音無「愛してる。かなで」
かなで「うん。すごくありがとう」
音無「かなで」
かなで「愛してくれて……ありがとう」

▽音無にとって、今この瞬間、一番口にしたくない言葉でしょう。「愛してる」も「ずっと一緒にいよう」も。
「愛してる」とは、今この瞬間においては、かなでを「この世界」から立ち去らせるための言霊なのですから。
「ずっと一緒にいよう」とは、今この瞬間においては、かなでを「この世界」から立ち去らせるための約束なのですから。
愛の告白であると同時に――否、そうである以上に、別れを告げるための言葉。「さよなら」の言葉。
そのことを分かっていながらも。
いえ、分かっているからこそ――か。
彼は血を吐くような思いで言ったのでしょう。
涙で顔をべとべとにしながら。
永遠にかなでを喪失する恐怖を堪えながら。
かなでの願いに応えるべく。彼女の期待に応えるべく。
だから、彼女は言ったのでしょう。
「ありがとう、結弦」と。
つらいことを言わせてごめんね、と
彼の腕の中で。
何度も何度も、繰り返して。


[22-06-26]
文責・てんま


「みんな新しい人生に向かっていったんだ」

音無「えーと、どうだった? 卒業式。楽しかったか?」
かなで「うん、すごく。……でも、最後は寂しいのね」
音無「でも、旅立ちだぜ? みんな新しい人生に向かっていったんだ。良いことだろう?」
かなで「そうね」
音無「…………(とても悲しそうな顔になって)
音無「あのさ、外に出ねえ? ちょっと風に当たりたいかなって」
かなで「……うん」

▽夕焼けの場面について・その2。
あの場面における音無の言動については別の捉え方もあると思います。
第十一話で音無たちはこんな会話をしていました。

音無「じゃあ、かなではなぜここにいる? 生徒会長なんてしていて、なぜ消えなかった?」
ゆり「彼女なりのここにいる理由があるんでしょ」
音無(あ。そうか。じゃあ、俺たちと同じように何かを抱えてきてんだな)
音無「そいつも解消してやらねえとな。な」(EPISODE.11)

かなでの抱えている「何か」。
「そいつも解消してやらねえとな」と音無は言いました。
ですが、最終回、夕焼けの場面でかなでから、

かなで「今の想いを伝えてしまったら、あたしは消えてしまうから」

と告げられた際、音無は激しく動揺し、狼狽しています。
すなわち、最終回のこの時点に至るまで、音無はかなでの抱えている「何か」の正体について把握できていなかった、と考えるのが自然でしょう。
そして、かなでが「ここにいる理由」が分からない以上、彼女のそれが「解消」されたかどうかも分かりません。
それはすなわち、音無がこのまま去ってしまえば、かなでだけを「この世界」に残していく可能性が高い、ということです。
かなでが再び「この世界」でひとりぼっちになってしまう、ということです。
ですが、音無にそんなことができるはずもありません。
第六話で(こいつが可哀想すぎて。不憫すぎて。何て世界のシステムだ)と、かなでのために泣き、第七話で「みんなと楽しく過ごして欲しいから」とかなでが「戦線」の仲間たちに溶け込めるように心を砕いていた音無です。
そんな彼に、かなでが再びひとりぼっちになる可能性など、見過ごせるはずがありません。
けれど、彼はかなでが「ここにいる理由」を知らない。
本当に「この世界」を去りたいのなら、「ここにいる理由」を……「抱えている」「何か」をかなでは教えてくれてもよいはずです。
自分たち以外の全員が「卒業」した今に至っても、「ここにいる理由」を教えてくれないということは、すなわち、かなでには「この世界」から立ち去るつもりがないということ。
そのように音無が結論づけたとしても不思議ではないと思います。
日向が去った後の会話で「でも、旅立ちだぜ? みんな新しい人生に向かっていったんだ」と口にした直後、それまで微笑を湛えていた音無はとても……本当にとても悲しそうな顔をしました。
彼のこの表情の変化は(みんなは新しい人生に旅立つことができた。だけど、かなでは……またこの世界に一人ぼっちで……)と悲しくなったから、と考えることもできるのではないかな、と。
だから、音無は申し出たのではないでしょうか。

音無「あのさ、かなで。ここに残らないか」

すなわち、“かなでが残るというのなら、俺も一緒に残るよ”と。日向風に言うなら、“残ってやんよ!”かな。
ただし、「自分も残る」という言い方では、恩着せがましくなってしまいます。かなでの心に負担を与えることになってしまいます。“自分のせいで結弦を「この世界」に留めてしまった”という罪悪感を彼女に覚えさせることになってしまいます。
だから、音無はあっけらかんとした口調で、いかにも自分からの提案という形で申し出たのではないかと思うのです。

音無「何か、急に思いついちまった」

と。
そして、音無なりに考えた“かなでが「この世界」に残ろうとしている理由”が、“後から来る人々にとっての羅針盤となるため”だったのではないでしょうか。彼はこんなことを言っています。

音無「だってさ、またゆりや日向たちのように、報われない人生を送ってここに来てしまう奴がいるってことじゃん」
かなで「……そうね」
音無「そいつら、またゆりたちのようにここに居着いちまいかねない。ここでずっとさ、苦しんで、生きることに抗い続けてしまうかも知れない」
かなで「そうね」
音無「でもさ、俺たちが残っていたらさ、そいつらに……今回のようにさ、生きることの良さを伝えてさ、卒業させてやることができる。もしかしたら、そういう役目のために、俺はここに来たのかも知れない。だからさ、一緒に残らないか。かなでが居てくれたらさ、こんな世界でも俺は寂しくないから。前にも言ったかも知れない。俺はお前と一緒にいたい。これから先も居続けたい」

このように言うことで、“俺がここに残る理由はかなでと同じなんだ。自分からこの世界に残ると決めたんだ。だから、そのことをかなでが負担に思う必要はないんだよ。安心していいんだよ”と、かなでに暗に告げようとしたんじゃないかな、と。
ですが、かなでが「この世界」に残ろうとしていた理由は、音無の想像を遙かに超えたものでした。

音無「どうして……何も言ってくれないんだ」
かなで「……言いたくない」
音無「どうして」
かなで「今の想いを伝えてしまったら、あたしは消えてしまうから」
音無「どうして」
かなで「だってあたしは……『ありがとう』をあなたに言いに来たんだから」
音無「どういう……こと……だよ」
かなで「あたしは……あなたの心臓で……生き長らえることができた女の子なの。……今もあたしの胸では、あなたの心臓が鼓動を打っている。ただ一つのあたしの不幸は、あたしに青春をくれた恩人に『ありがとう』を言えなかったこと。それを言いたくて……それだけが心残りで、この世界に迷い込んだの」

かなでは本当は「ありがとう」と音無に告げるつもりはなかった。
そのことは、この期に及んでも「言いたくない」と言っている上記の会話から容易に察することができます。
そして――
かなでが「ありがとう」を言えば、彼女は消えてしまう。
だけど、かなではその言葉を音無に告げるつもりはない。
「ありがとう」と告げない以上、彼女の心残りは解消されない。「この世界」から去ることはできない。
つまり、かなでは「この世界」に一人残るつもりだった――ということになります。
それゆえ、その雰囲気を察した音無が自分も残るつもりで――だけど、かなでに罪悪感を与えないように「一緒に残ろう」という申し出をした――というのが、あの夕焼けの場面の解釈の一つとして成り立つのではないかな、と思います。

▽長くなったので、整理してみます。
本来、音無は「この世界」から立ち去るつもりだった。
  ↓
だけど、かなでの「抱えている」「何か」はどうやらまだ解消されていない可能性がある。
  ↓
なのに、かなではそれが何であるか、教えてくれない。何も言ってくれない以上、手助けすることもできない。
  ↓
このまま自分まで去ってしまうと、かなではまた一人ぼっちになってしまう。
  ↓
それなら……仕方ない、俺も一緒にこの世界に残ってやんよ! ただし、恩着せがましく思われないよう、あくまでも俺からの提案という形でね!
……ということだった、と解することもできるんじゃないかな、と思うのです。
ただ――
かなでから返ってきた彼女の「ここにいる理由」は音無にとって思いもよらぬもので――
しかも、かなでが「この世界」に留まろうとしているのは、どうやら音無自身のため……音無を無事に「この世界」から立ち去ることができるようにするため……ということに気付いてしまい、だからこそ音無はあんなにも動揺し、狼狽し、混乱してしまったんじゃないかな、と――
音無とかなでがお互いを思いやり、それぞれ自分を犠牲にしようとした結果が、あの夕焼けの場面に繋がったのではないかな、と――
そんな風にも思うのです。
お互いがお互いを想いやった挙げ句の自縄自縛。
そうだとすれば、とても不器用なふたりです。
でも、それも仕方ないかな、とも思うのです。
かなでの不器用さは音無の折紙付きですが――例えば、第九話で音無が最後の日々を共にした五十嵐あたりに聞いたなら、“音無自身の不器用さだって相当なものだぜ”……そんな台詞が返ってきそうですから。


[22-06-27]
文責・てんま


「何だかんだ言って」

ゆり「他のみんなは?」
音無「全員行ったよ」
ゆり「そっか。良かった」
音無「みんなが手伝ってくれたおかげだ」
日向「苦労はしたけどな」
直井「フッ、神の為せる業だ」
日向「でも、何だかんだ言って、みんな結構楽しんでたんだよな、ここの暮らし。それが分かったぜ。それもゆりっぺのおかげだと思う」
ゆり「そう」
日向「ああ、高松も行けたんだぜ。NPCになった後でも正気に戻れたんだ」

▽万葉集にこんな歌があります。
「春日野の 浅茅が上に 思ふどち 遊ぶ今日の日 忘らえめやも」
こんな歌も。
「春の野に 心延べむと 思ふどち 来し今日の日は 暮れずもあらぬか」
仲間同士でわいわい遊ぶ楽しさ。こんなひとときが永遠に続けばいいのに――という想いを歌った歌で、昔(1200年以上前)も今も人の心はあまり変わらないんだな、と思った二首なのです。
そして、「戦線」メンバーも「影」が消え、平穏を取り戻した後の最後の日々はこんな風に思っていたんじゃないかな、と。
だけど、「卒業」の日はやって来る。
別れの時はやって来る。
かれらはその瞬間をどんな想いで迎えたのか。
「あれから3日後」のひとことで「戦線」メンバーが「この世界」から去る様子の描写が省かれたことはとても残念ですが――
だけど、かれらの名残を惜しむ姿、別れの辞を一人一人描いていったとするなら、音無やゆりたち、この物語の中核をなしていた登場人物たちの別れ際の印象が薄くなるというのもまた事実であって。
(特に日向やゆりが去り際に見せた潔さ、爽快感はイメージが被る人物が多そうです。皆、満足し、納得したからこそ「この世界」から旅立っていったのですから)
それゆえに、「卒業式」はあえてあの五人のみに絞ったのかな、とも思うのです。
とはいえ、ゆりの意識の回復を待たずに校長室メンバーが「この世界」を去ったというのは寂しい気もします。
が、顔を合わせ話をすれば未練が残るというのもまた事実でしょう。
だから、黙って立ち去ったのかな。
この辺りの事情に関しては、放映された部分では語られていない何かがあるかも知れませんし、何とも言い難いところです。
BD最終巻のドラマCDかキャラクターコメンタリー、あるいはOVAでも構いませんが――何らかの形で失われた三日間のエピソードが明かされることを期待したいですね。
▽語られていないと言えば、「NPC」が全て消えた事情についても不明のままです。
第十二話では「影」に怯える「NPC」の描写がされていましたし、全員が「影」化したわけではないと思うのですが……。
かといって、ゆりが「第2コンピュータ室」のPCを全て破壊した時に「NPC」が全て消えたとするなら、「NPC」化していた当時の高松もその時一緒に消えてしまうでしょうから、「正気に戻れた」という日向の言葉と矛盾してしまいます。
(ただし、高松が「正気に戻」ったのはゆりが「第2コンピュータ室」で「謎の青年」と対峙している最中だった、と解するなら、事情はまた別なのですが。)
すなわち、空白の三日間のあいだには、「NPC」が全て消えてしまうに至るまでのエピソードもあったんだろうな、と思うのです。
そういう次第ですから、まだまだ語られていない謎が空白の三日間にはあるわけで。
ドラマCDなりOVAなりで明らかにならないかなー、と。
ただ、その場合の問題点がひとつ。
空白の三日間はゆりがずっと意識を失っている……つまり、彼女に出番がない!ということ。

もっとも、ゆりがベッドで目覚めるシーンについては、実は「第2コンピュータ室」崩壊のシーンから直接続いているわけではなくて、空白の三日間のあいだにゆりが荒っぽい出来事に巻き込まれるエピソードがあって、それゆえに意識を消失していた――というかなり強引な解釈もできないことはないような気もしますけれど(笑)。そして、(高松以外の)「戦線」の皆との別れはその際に済ませたということで。これならゆりにも出番あり、だと思います。


「何だっけ」

音無「その歌何だっけ。さっき作業してる時も口ずさんでたよな」
かなで「……何だっけ?」
ゆり「それ、あれよ。岩沢さんが最後に歌った歌、My Song」

▽第十三話のかなでは今までの彼女とは別人のようにとても表情が豊かでした。
おそらくこちらが彼女の地なのでしょう。
「この世界」から抜け出せる望みも無く、周囲には「NPC」という魂の無いプログラム人形か、敵である「戦線」しかいない。それが第十二話までの彼女の立場でした。

※NPCについては、ゆりでさえ「Track ZERO」で「人間じゃない奴」は「恐い」と言っているくらいです(p.12)。

味方は一人もいない全くの孤独。
そんな過酷な環境で何年も過ごしてきたのです。
どんなに感情豊かな少女でも、いつしか心が摩耗しきって、第十二話までのような無表情になったとしても不思議ではないでしょう。
そんな辛い日々を送っていたかなでの前に現われたのが音無でした。
音無の出現は、かなでにとって奇蹟のように思えたはずです。

謎の青年「彼は待ち続けました。愛を知り、一人この世界を去っていった彼女を」
ゆり「そんな。もう一度出会える可能性なんてない」
謎の青年「天文学的数字ではありますが、ゼロではありません。しかし、彼女を待つ時間はあまりに永すぎ、彼はもう正気ではいられなかった。だから、自分をNPC化するプログラムを組んだのです」(EPISODE.12)

▽物語の始まる前――音無が「この世界」に「迷い込む」前、かなでの置かれた状況はまさに「ANGEL PLAYERのプログラマー」と同じものでした。
いえ、考えようによっては、彼の場合よりも状況はさらに悪いでしょう。
「ただ一つのあたしの不幸は、あたしに青春をくれた恩人に『ありがとう』を言えなかったこと。それを言いたくて……それだけが心残りで、この世界に迷い込んだの」と述懐するかなでにとって、「この世界」から旅立つためには、彼女の心臓のドナーと出会うことが絶対条件です。
ですが、考えれば考えるほど“出会える可能性なんてない”と思えてきたはずです。
なぜなら、ドナーは彼女より先に死んでおり、「この世界」には来ていない――ということは、普通に考えれば、彼は既に転生して次の人生を歩んでいる可能性のほうが高いのですから。
そうであるとするならば、彼女に心臓をくれた人はもうどこにも存在しないということになります。確かに、彼女に心臓をくれた人の魂は転生して何処かにいるのかも知れませんが、それは“かなでに心臓をくれた人”とは何の関わりもない別人になってしまったということでもあるのですから。
そういう絶望的な状況において、かなでは彼女に心臓をくれた人=音無と出会うことができた。
それこそ「天文学的」な確率の偶然で。
……偶然?
否、これこそ「神」……あるいはこの世界の運命を司る存在の恩寵に違いない――
音無と出逢った時、かなでが「神」の存在とその導きを強く意識したとしても不思議ではないと思うのです。

▽ところで、別れ際、音無と日向はこんな会話をしていました。

音無「俺はちゃんと最後には報われた人生を送っていたんだ。その記憶が閉ざされていたから、この世界に迷い込んできた。それを思い出したから、報われた人生の気持ちをこの世界で知ることができた」
日向「……そうだったのか……本当に特別な存在だったんだな、お前」

この日向の言葉を聞き、
(そうか、結弦は特別な存在だったんだ……)
そんなことを彼らの傍らで思いながら、恋する乙女のまなざしで音無のことを見つめていた――というのは想像の翼をはためかせすぎでしょうけれど(笑)。
それはさておき、第五話のテストのエピソードの際、音無のあの苦し紛れの言い訳に納得していたくらい、基本的に無垢で素直なかなでです。
そんな彼女が、日向の言葉をそのまま受け取ってしまった可能性は高いと思います。
音無は「特別な存在」だ、と。
ひょっとしたら「迷い込んできた」のではなく、「この世界」を司る存在によってあえて引き込まれたのではないか、と。
「この世界」に閉じ込められた彼女を救うために。
「神」を呪い、運命を呪うあまり「この世界」に留まり続け、それゆえに弟妹の運命を思い返しては生き地獄のような苦しみを味わっているゆりを救うために。
「悲惨な人生」を歩んだせいで、「次の人生」へ踏み出せないでいる「戦線」の人々の背中を押してあげるために。
本人の自覚こそないけれど、音無こそ「神」のエージェント……「天使」だったのではないか、と。

※音無が「神」のエージェント、すなわち「天使」だったと解すれば、物語のタイトルである「Angel Beats!」も「天使(=音無)の心臓の音」と解釈することができて、きれいにまとまるんじゃないかな、と思うのです。

そうであるならば――
(神様が本当にいるのなら、自分たちも絶対また会えるはず。だって、結弦は神様に導かれた特別な存在なのだから。あたしを――そして戦線のみんなを“地獄”から救ってくれた彼に、神様はきっと報いてくれるはずだから)
音無と出逢えた奇蹟を思いながら、かなではそんなことを考えていたんじゃないかな、と。

※「Track ZERO」において、ゆりや日向の「この世界」に対する感想は「地獄」でした(p.8)。

また会えると確信しているのなら、別れは何も怖くないでしょう。
だから、最後の夕焼けの場面――

かなで「命をくれて……本当に……ありがとう」

音無に抱かれながら……そして、彼を抱き返しながら、かなではあんなにも落ち着いていられたのではないかな、と。
(きっと二人はまた会える)
そう思いながら。


[22-07-01]
文責・てんま