「二人から始まった戦線じゃねえか」

日向「いきなり何言ってんだよ。二人から始まった戦線じゃねえか。長い時間、一緒に過ごしてきたよなあ。だから、終わるときも一緒だ。俺はお前を置いていかない」

日向はこう言うけれど、EDでは「いーつーもひーとーりーであーるいてーたー」と歌っているわけで、認識に絶対ズレがあるよね、このふたり!
……というのは冗談で、日向のこの台詞を聞いているときのゆりの瞳は潤んでいました。
ふたりの間で培ってきた絆のことを改めて思い返してしんみりしていたのでしょうし、何より気遣ってもらえたら心が和みますよね。
ただし、ゆりはここで感情に流されはしませんでした。

ゆり「相変わらずあなた馬鹿ね。感情論じゃ何も解決しないわよ」

それはリーダーとして自らを常に理性的であるように律しているからでしょうし、直前に音無に告げた「一人で待ってちゃ、影にやられちゃうわよ」という理由もあるのでしょう。
ですが、だからといって日向や音無を自分に同行させるわけにはいきません。かれらには皆をこの世界から去らせる――それも早急に――という役割があるのですから。

意外だったのは、続けてかなでにかけた言葉でした。

ゆり「かなでちゃん。よろしく」
かなで「ハンドソニック・バージョン5」

「かなでちゃん」呼びですか。
自分がそう呼ばれたことに対して何の感慨も無さそうに淡々とハンドソニックを出現させるかなでの姿もいささか予想外でしたが(少しは戸惑った表情を見せて欲しいかな、と思ったりもしましたが)、まあ、彼女の場合、基本的に感情をおもてに出さない娘さんですから仕方ないとして。
今までの両者の関係性からすると、「立華さん」呼ばわりが関の山なんじゃないかとも思うのです。
が、ゆりはごく自然に「かなでちゃん」と呼びました。
これはやはり「Track ZERO」以前――つまり、日向ともまだ出逢わず、今いる仲間たちの誰とも知り合ってなかった頃のゆりとかなでの間に何かがあったんじゃないかな、と。
例えば、かなでが「生徒会長」になる前、ふたりが仲良くしていた時期もあったんじゃないかな、あったら良いな――と、そう思ったりもするのです。

かなでに仲間たちの保護を託した後、ゆりは別れを告げました。

ゆり「じゃあ、また会えたら会いましょう」

あっさりした別れの言葉。
ゆりは音無と日向に対して、皆とともに「この世界」を去るように求めました。
つまり、彼女が無事に生還したとしても、かれらはもう「この世界」にはいない。
艱難辛苦を共にした仲間たちとの永遠の離別の場面なのです、この瞬間は。
だけど、涙を見せることもなく、湿っぽくなることもなく、さばさばとした表情で背を向ける。
彼女の内心を察すると、見ているこちらのほうが胸が痛みます。本当は後ろ髪を引かれる気分なんだろうな、と。
だけど、こうも思います。この毅さこそがゆりの真骨頂なんだろうな、と。
晩唐の詩人、于武陵に「勘酒」という五言絶句の作品があります。
この唐詩には井伏鱒二の名訳があって、ゆりの別れの言葉はその有名な部分を彷彿とさせられました。
曰く「さよならだけが人生だ」と。

※「勘酒」の原文は以下の通り。
勘酒
勧君金屈巵
満酌不須辞
花發多風雨
人生足別離

そんなゆりに向かって日向は叫びました。

日向「ゆりっぺ!」
ゆり「酷いあだ名。でも、そのおかげでみんなに慕われたのかもね。ありがと」

この会話は「Track ZERO」前提のものでしょう。

「じゃ、ゆりっぺ」
「……!? なにその最っ悪なセンス……」
「かわいくていいじゃん、ゆりっぺ。俺のことはひなっちと呼んでくれていいぜ。そう呼ばれてたんだ」
「呼ばないわよ……」

「ゆりっぺ」は日向のつけたあだ名。
そして、そのあだ名のおかげで「みんなに慕われたのかも」とゆりは述懐しました。
つまり、本来の自分が「みんなに慕われ」る存在であるという自信が、彼女にはあまり無い、ということになりそうです。
すなわち、「この世界」に来る前のゆりは周囲に対して超然と接してきた孤高の存在だったのかも知れないな――と、この台詞で少し思いました。あまりにも優秀すぎる人材は往々にして周囲から浮いてしまいがちでしょうから。
そして、こうも思いました。
もしかするとゆりは日向のことが好きだったのかも――と。
「ゆりっぺ」というあだ名は、「Track ZERO」の該当箇所によれば「名前を呼ぶ時、お袋を呼び捨てして呼んでるみたいで気持ち悪い」から日向がつけたものです。
つまり、日向の中で「ゆり」は常に「お袋」を連想させる存在であり、それゆえに恋愛対象になることは無い――と、聡いけれど些かうっかりした所もあるゆりが思い込んだとしても不思議ではないでしょう。
それゆえ、ずっと自分の気持ちを押し隠してきた。
そして、想いを隠したまま、別離を決意した――というのはないかなぁ。


[22-06-13]
文責・てんま


「永遠にここに閉じ込められちまったのかよ!」

ゆり「今の問答だけで十分よ。何が起きたか分かったわ。彼、NPCになっちゃったのよ」
日向「ちょ、ちょっと待てよ。それってどういうことだよ。わけわかんねえ」
大山「NPCってことは魂が無いっていうこと? じゃあ、彼の魂は何処に行っちゃったの?」
ゆり「それを喰われちゃったんじゃない?」
日向「それってどういうことだよ! 何? あいつは消えることもできずに、永遠にああやってここで授業を受け続けていくってことか?」
ゆり「そういうことになるわ」
日向「そんな…… それって死ぬよりか酷くね? 永遠にかよ! 永遠にここに閉じ込められちまったのかよ! 何だよ、そりゃあ! くそっ! ……ひでぇ……」

普段、人はTPOに合わせた発言をしています。
その言葉を聞いた人間がどう感じるかなどを思いやった上で物を言うわけです。
ですが、緊急時にはそのような事柄を思い巡らす余裕がない。
すなわち、装飾のない生の言葉を口にしてしまう可能性が高い。
だから、この場面は端無くも日向の本音が出ているように思えるのです。
「ここに閉じ込められ」たと彼は言いました
つまり、日向は「この世界」のことを牢獄のように感じている。息苦しさを感じている。
それは確かにそうでしょう。
「学園」とその周辺だけの箱庭のような空間。
新たに生まれるものは何もなく、永遠に停滞した世界。
ひとたびその真実に気づいてしまったなら、人によっては気が狂いそうになるくらい「この世界」にいることが気持ち悪くなると思うのです。「影」の脅威があろうと無かろうと。
例えば――
「君は今いる部屋から永遠に出てはいけないよ」
そう言われて閉じ込められて、部屋の何処を見ても逃げ出す余地がない。
閉じ込めた人間も何処かへ行ってしまった。
そんな状況に追い詰められて、平気でいられる人物などそうはいないでしょう。
今「戦線」メンバーの置かれている状況は、この「部屋」が「学園」に、少しばかり大きくなっただけだと思います。

ただ、物事の感じ方は人それぞれです。
それでもいいや、という人だっているでしょう。
永遠の生命を保証されるなら、箱庭のような閉ざされた世界に押し込められたって構いはしない。
例えば、今回「影」の犠牲となった高松は言っていました。

高松「天使を失墜させれば私たちの楽園となるんじゃなかったのですか、この学校は」(EPISODE.06 Family Affair)

この発言から推測するに、彼は「この世界」に永遠に留まることを良しとする考えの持主だったようです。
……もしかすると次回以降、「影」の事件の首謀者がこんな風に嘯く場面があるかも知れませんね。
「高松はこの世界に――楽園のようなこの世界に永遠に居続けることを望んでいた。私はその希望を叶えてあげただけだよ」と。
もっとも、高松が「NPCになっ」たというのも、「魂」を「喰われ」たというのも、今の段階ではまだゆりの推測にしか過ぎないのですが……
例えば「魂」はすでに「この世界」から去っていて、その肉体(と言っていいのかな、この世界の場合/笑)だけがNPCのボディとして利用されている……という可能性だってあると思うのです。
つまり、「影」は強制的に「この世界」から人の「魂」を去らせるための装置である、という可能性。

それはそれとして、この階段の踊り場における会話で「戦線」の問題点がまた露見していました。

大山「ねえ、どうすればいいの? ゆりっぺ」

大山に限らず、「戦線」メンバーの口から何度聞いたかなぁ、この台詞。
「どうする、ゆりっぺ」
この台詞を耳にするたびに、こう感じた人も多いでしょう。
「戦線」メンバーは思考停止に陥っている、と。
物事に対する判断をゆりに全面的に委譲して、自分たちで考えることを止めている、と。
もしかすると、かれらは深く考えることもなく「ゆりがそう言うから」消えることをせずにこの世界に留まっているのかも知れません。
そもそも第一話でゆりは言っていました。考えるな、感じろ、と。

ゆり「順応性を高めなさい。ありのままを受け止めるの
音無「受け止めて……どうすればいいんだよ」
ゆり「戦うのよ」(EPISODE.01 Departure)

これはおそらく「この世界」に来て右も左も分からずに困惑している者達にとっては心強い行動の指針となったことでしょう。
だけど、「戦線」メンバーの多くはそのまま考えることを止めてしまった節がある。
ゆりがあまりにも頼れるから。頼もしいリーダーだから。そして、何よりもゆり自身がそうであろうと刻苦勉励しているから。
彼らのそんな気持ちを代弁しているのが、「どうする、ゆりっぺ」というお馴染みの台詞ではないかと。
だからこそ――
かれらが自分のことを、それこそ母親を見る赤子のように心底信頼していると知っているからこそ、体育館の会合でゆりはこう告げたのではないかな、と。

ゆり「どの道を選ぶかは、皆に任せるわ」

そしてここでも「戦線」のメンバーは不安そうに言います。

戦線メンバーA「ゆりっぺは……ゆりっぺはどうするんだ?」

彼女の選んだ道に無条件で自分たちも付いていく。そう言いたげに。
でも、それはゆりへの依存でしかありません。
自分で考えることを放棄しているに過ぎない。
だから、ゆりは続けてこう言ったのでしょう。

ゆり「あたし? あたしはいつだって勝手だったし、あなたたちを守れやしないし。あたしがしたいようにするだけよ」

あなたたち。もう自分の足で歩きなさいな。
彼女はそう言いたかったのではないでしょうか。
できることならいつまでも甘えさせてあげたい。だけどそれでは結局本人たちのためにならない。
だから、あえて突き放すことで自立を促す。
それが皆の「お姉ちゃん」として、「保護者」として自分が最後にやらなければならないこと。
この時のゆりはそんなことを思っていたんじゃないかな、と思います。
昨今の報道を見ていると、ひたすら甘やかして育てることで、子どもをスポイルしてしまう親もいるようです。
それを思えば、ゆりは本当の意味で「良いお姉ちゃん」なんだろうな、と。


[22-06-14]
文責・てんま


「人間の屑のまま死んできた」

日向「俺みたいな人間の屑のまま死んできたような奴でもさ、この世界でそれを与えてやることができた」

仲間の三年間の努力を無にしたことなのか、ドラッグに逃げたことなのか、それとも我々視聴者にまだ見せていない何かがあるのか――日向が自分の過去の何を指して「屑」と呼んだのかは分かりませんが、思ったことがひとつ。
かつてかなでは言いました。

かなで「ここに来るのはみんな、青春時代をまともに過ごせなかった人たちだもの」(EPISODE.09 In Your Memory)

「青春時代をまともに過ごせなかった」と聞いたとき、すぐにイメージされるのは、ユイや岩沢のような理不尽な運命に翻弄された一生でしょう。
だけど、「まとも」じゃない「青春」ってそれだけかな、と。
悪事を重ねて他人の心身を傷つけるような生き方も「まとも」な「青春」とは言えないですよね。
つまり、ユイや岩沢のようないわば運命の「被害者」の立場の人々だけではなく、「加害者」の立場にあった人間だって「この世界」に来ている可能性もあるんじゃないかな、と。
「この世界」が音無の想像するような「若者たちの魂の救済場所」(EPISODE.09 In Your Memory)であるとするならば、そういう過去を持つ人間にとっての「救済場所」でもありうるんじゃないかな、と。「救済」よりも「矯正」という表現の方が良いのかな、その場合。
そして、もしかすると、そういう過去を持つ人間が今回の「影」に関する騒動の黒幕なのかもしれないな、とふと思いました。
それと、これはかなり嫌な想像ですが、ゆりとかなでの過去はどうだったのかな、と。
ゆりの過去については弟妹が惨殺された時点までしか判明してなくて、その後の彼女はどんな日々を送ったのか語られていません。つまり、あの事件がトラウマになって荒んだ人生を歩んだ……という可能性もある。
また、かなでについてはそれこそ全く不明のままです。この先どんな衝撃的な過去が明かされてもよいように、心の準備をしておく必要があるかも知れません。
もしかしたら、彼女たちが「戦線」の仲間たちのためにがんばっている、あるいは「この世界」から「卒業」させようと心を砕いているのは、贖罪意識ゆえなのかも知れないな、と……
……などと書いてみたものの、やっぱりそれはありえないなー、というのが本心だったりします(笑)。
キャラクター重視の作品で、十分魅力的に描写されているヒロインたちを貶めるような設定やエピソードは、(下世話な話かも知れませんが)将来に商品展開に与える影響を考えると、普通はしないんじゃないかな、と。


「神様気取りのふざけた真似」

ゆり(あの変容……あの子と同じように、もしNPCがプログラミングにより書き換えが可能だとすれば、あのソフトを使ってNPCを影に変えてわたしたちを襲う。そんな神様気取りのふざけた真似をしている奴が今この世界の何処かにいるってことに。そこにはコンピュータが何台もあるはず)

コンピュータのプログラミング次第で存在のあり方が変わってしまうなんて、本当に「この世界」は霊界なのか、という根本的な疑問はあるわけですが、それはひとまず置いておくとして。
今回の黒幕が誰なのかはまだ不明ですが、相手の言い分も聞いてみないと、とも思ってしまうわけで。
例えば、「戦線」メンバーが「この世界」に留まり続けることで、現在、輪廻転生の流れに停滞が生じています。
ということは、水の流れが滞るとその水は腐ってしまうように、世界自体のシステムにも何らかの障害が発生する可能性もあるんじゃないかな、と。
それゆえに現在「影」による転生拒否者たちに対する強制排除が実行されつつある……という可能性も否定できないな、と。
その場合、いわば世界保全のためのシステムですよね、「影」は。
それはさておき、「神様気取り」と来ましたか。「神気取り」ではなく。
無意識のうちに「神」に「様」を付けちゃったのかな、ゆりっぺ。
もしかすると弟妹のことがある前の彼女は敬虔なクリスチャンか何かで、「神」のことを大切に思っていた時期もあったのかな、と。
だけど、弟妹の事件の時に救いを求めたのに「神」は彼女に応えてくれなかった。
だから、ゆりは肝心の時に手を差し伸べてくれなかった「神」を恨み、憎んだ。
それでも心の奥底には「神」に対する憧れのような気持ちが残っていて……
だから、次回、「神」と対峙したゆりは弱気になって、こんな殊勝げな台詞を思わず口にしてしまうとか?

[c157]「ここから消えたら、…やり直せますかね?」

とはいえ、今まで描かれてきたゆりの言動からするならば、「神」に対して膝を折るのではなく、この台詞に続けて、表情を不敵に変えて、
「なーんてこのあたしが言うと思った?ばーかばーか」
と「神」に向かって舌を出してみせるくらいのことはしそうな気もしますよねー。
まあ、ゆりが敬語を使っている以上、よほどの大物相手なのか、はたまた慇懃無礼に接しているだけなのか、あるいは直井神にとっての音無さんのような存在がゆりにもいるのか、など様々な可能性があると思います。
ギルドのボスのチャーなんて、顔だけ見ていたら人生の大先輩ですもんねー。敬語のひとつも使いたくなるのかも知れません。もっとも、第二話では普通にタメ口で会話していましたが(笑)。


[22-06-17]
文責・てんま