「こんなにもみんなとの暮らしを気に入っていたんだ」

ゆり「まさか忘れたままでいたいの?」
音無「それは……」
音無(もちろん思い出したい。けど、この不安は何だ? それはもしかしたら俺の記憶のせいでこの生活が終わってしまうんじゃないか……え? 俺はこんなにもみんなとの暮らしを気に入っていたんだ。でも、過去を思い出してしまって、それでもこれまで通り一緒に過ごしていけるのだろうか。でも、それでも……)

この後で判明する現世の記憶から察するに、音無はファミリーの絆や暖かさを求めていたのかな、と。
それが彼の本質なのかな、と。
ひとりぼっちになってしまうことの哀しさ。
記憶は無くても魂の方はそれを覚えていて。
「かなで」や直井に見せる優しさや同情心も、音無自身がもつ寂しさや孤独に対する不安感の裏返しなのかな、と。

それにしても、音無の記憶が蘇らないことには何か特殊な理由があるのかと思っていましたが、そういうわけでもなかったのですね。


「疲れるだけだ」

音無「一人でテレビ見たり、ゲームしてる方が楽しい。相手の趣味に強引に付き合わされたり、面白くもない冗談に笑ってやらなきゃいけなかったり、疲れるだけだ」

わざと斜に構えているのではなく、本心から告げているらしいところに当時の音無の無気力ぶりが垣間見えていますね。

※祖母はいるのにどうやら両親は不在で、家族は他に妹の初音だけというあたり、この病室の場面以前にも辛い過去があったと想像してもさほど的外れではないと思います。そしてその辺りの事情がこの頃の音無を無気力にさせている原因なのかな、とも。

それにしても、今いる世界では何度も完璧超人ぶりを見せてきた音無ですが、まさかこのような過去があったとは。
とはいえ、第六話のラストで彼が直井に言い聞かせた台詞を思えば、どんなに辛く、あるいは恥ずかしい過去であっても、彼にとっては消してしまいたい黒歴史ではなく、自分の歩んできた道、大切な記憶なのだろうな、と思います。
何よりも、過去はどうあれ、成長し、そこから脱却した今となっては、隠しておくべきような類のものでもないでしょう。

音無「みんな懸命に生きてきた記憶なんだ! 必死に生きてきた記憶なんだ! それがどんなものであろうが、俺たちの生きてきた人生なんだよ!」(EPISODE.06)

もっとも、第六話では何かと熱血漢の顔を見せていた音無ですが、物語の最初の頃の彼はこの当時と近い考え方をしていたような気がします。割と醒めた目で周囲を見ていて、記憶を取り戻せたら(場合によっては)「戦線」ともおさらばだ、という感じで。
それが、ゆりに引きずられ、日向に付き合わされているうちに、今回の第七話の「かなで」の件や「主」の件で見せたように、結構なリーダーシップも発揮するようになっています。
そうしたことを考えれば、『Angel Beats!』は音無の成長物語なのだろうな、と思えてきますね。
それと「かなで」の心の成長も、かな。

※そもそもプライバシーの権利は「『ひとりで放っておいてもらう権利』としてアメリカの判例において発展してきたもの」(芦部信喜『憲法』)だそうですから、上に引用したかつての音無のような考え方の持主はずいぶん昔からいたんだろうな、と思います。
とはいえ、かつての音無のような考え方は問題があるかな、とは思いますが。
まあ、距離感というのは大切だよね、ということです。

それはともかく、この場面でゆりが音無に記憶を取り戻させようと試みた理由ですが、それは彼女がフェアな性格をしているからかな、という気がします。

ゆり「それで、何か変わった?」
音無「ん?」
ゆり「気持ちよ。これからも戦線に居続けるの?」
音無「居続けるよ。このままじゃ死にきれねえし」
ゆり「そう。あなたにも目的が生まれたってわけね」
音無「ああ。改めて、よろしく!」
ゆり「ん」

音無を「戦線」に引き込みはしましたが、もしかすると「本当の彼=記憶を取り戻した彼」は「戦線」と距離を置こうとするかも知れない。そういう人生を送っていたのかも知れない。
だとするなら、このまま記憶の無い音無を「戦線」に止めておくことはフェアじゃない。
彼には本来の自分を取り戻した上で、これからどうするのか決めさせよう。
……と、そのようなことを考えたから、音無の記憶を回復させようとしたのではないかな、と。
さらに言えば、直井の能力の確認、という意味もあったかも知れません。新戦力である彼の「催眠術」がどこまで効果を発揮できるのか、ということの確認。
さらに言えば、今後に備えてできる限り不安要素を無くしておきたい、という気持ちもあったでしょう。
確かに「かなで」は「神」と直結した存在ではなかった。しかし、だからといって「神」が存在しないと確認できたわけではない。「神」の勢力といつ新たな抗争が始まらないとも限らない。
もしそのような状況に至ってから音無の記憶が回復し、そして彼が「戦線」から離脱した場合、彼女たちは苦境に立たされる可能性が極めて高い。
何しろ「かなで」や直井との関係が現在は比較的良好とは言っても、結局すべて音無頼みなのですから。
音無自身は意識すらしていないでしょうが、現在、彼は「この世界」でかなり重要な人物になってしまっているんですよね。さすが主人公。


「誰が勝つかねえ」

▽事前
ゆり「今回のオペレーションは、モンスターストリームよ」
松下「ついに来おったかっ!」
TK「絶望のcarnival」
大山「うああああっ」
▽事後
ユイ「行くぞー☆」
日向「今回は誰が勝つかねえ」
大山「楽しみだなあ」

毎回思うのですが、「戦線」メンバーって、実は思いっきり満喫してますよねぇ、「この世界」での生活!
これで「この世界」から消えないのが不思議なわけですが(笑)、まあ「校則に従わなければ消えない」というゆりの仮説が正しい、ということなのでしょう。


「が、その前に僕は神です」

日向「お前、何て奴連れてくるんだよ」
音無「いいじゃないか。混ぜてやろうぜ」
野田「敵だぞ! 我らが戦線の宿敵だぞ」
ユイ「アホですね♪」
椎名「あさはかなり」
音無「聞いてくれ。もう無害だ。敵じゃない」
野田「だが、曲がりなりにも元生徒会長だぞ!」
高松「ちなみに、現生徒会長代理もいますが」
直井「その通りです。が、その前に僕は神です」
藤巻「神じゃねえつってんだろ」
日向「どうすんだよ、ゆりっぺ」
ゆり「もう生徒会長でもないし、いいんじゃない?」
一同「えーっ!?」
野田「だ、大丈夫かよ」
日向「何か凄いメンバーになりつつあるな」

すっかり「戦線」に馴染んでいる気がしないでもありませんが、直井神。
と言いますか、どういう体勢で一番上から顔を出しているのでしょう、直井神。

※自分たちの弱点はアホなこと、と第三話でゆりが言っていましたが、

ゆり「そう。あたしたちの弱点はアホなこと。前回の侵入作戦では我々の頭脳の至らなさを露呈してしまったわ」(EPISODE.03)

そちらの意味でもすっかり「戦線」に馴染んでしまって……アホの子大好きなユイなどはきっと大喜びしてるでしょう(笑)。

第六話の回想シーンを見る限り、直井にとって今回みたいにみんなでわいわいと馬鹿騒ぎをした経験は初めてなんだろうな、と思うと、少しホロリとくるものがあります。

※ですが、今の生活に彼が満足してしまえば、それは消えるフラグにもなりかねないわけで。

それにしても、あれだけのことを自分たちにした直井のことを「戦線」メンバーは平然と受け入れているのに、「かなで」に対してあんなにも怯えているのは不自然では……と思いましたが、よく考えれば、「かなで」のことを自分たちと同じ心を持った人間だと思っているのは音無とゆりだけで、他の「戦線」メンバーはいまだに「かなで」のことを「天使」、すなわち人類とは別の存在だと考えているんですよね。
そうであるなら、彼らのこの反応は至極当たり前と言えるのかな。


「消えないようにグータラしてますチーム」

大山「戦う相手もいなくなっちゃったし、『戦線』でもなくなるのかな」
藤巻「じゃあ一体何になるってんだよ」
大山「んー、『消えないようにグータラしてますチーム』?」

大山をはじめ、音無もそうですが、「戦線」メンバーは現状にすっかり満足しているようです。
他方、ゆりは違う。今回のラストで彼女はボロボロになった姿で登場しました。
そして彼女は言いました。自分は「天使」にやられた、と。
ここで問題なのは、専守防衛、つまり、自分からは攻撃してこないはずの「天使」にボロボロにされたということ。これはすなわち、ゆりから「天使」を攻撃したことを意味します。

※もっとも、あの赤い目をした「天使」が「かなで」とは違うパーソナリティの持主で、「天使」の側から攻撃を仕掛けてきた、という可能性が無いわけではありません。
ただ、その場合でも赤い目の「天使」の裡にある攻撃衝動を惹起するような行動をゆりがとったから、という可能性もあるわけで。

すなわち、何が言いたいのかと言えば、「ゆりは現状に満足していないのではないか」ということ。
そもそも「戦線」の意義に関して、ゆりとその他の「戦線」メンバーの間には温度差がありました。

高松「天使を失墜させれば私たちの楽園となるんじゃなかったのですか、この学校は」(EPISODE.06)

「天使」との戦いに対して「戦線」メンバーが抱いていた認識は、今回の大山の台詞も考え合わせると、おおむね第四話で高松が口にした台詞に代表される通りだと思います。
しかし、ゆりは違う。彼女は音無と二人きりの時に告げました。

ゆり「あたしは本当に神がいるのなら、立ち向かいたいだけよ。だって、理不尽すぎるじゃない。悔しすぎるじゃない」(EPISODE.02)

彼女の目的は「神」に「立ち向か」うことです。
「この世界」で消えることなく仲間と面白おかしく暮らすことだけではありません。
すなわち、決して現状に甘んじることではないはずです。
ただ、そんな本心を「戦線」メンバーはどうも知らないような気がします。
ゆりも皆のいる前ではこのようなことを言っています。

ゆり「私たちの目的は天使を消し去ること。そして、この世界を手に入れる」」(EPISODE.01)

つまり、こういうことではないかと思います。
「戦線」の目的→「天使」に打ち勝つことで「神」の支配下を脱し「この世界」で自由を手に入れる。
ゆりの目的→「天使」との戦いを通じて最終的には「神」に立ち向かう。
両者の目的はおおむね重なっていますが、微妙に異なる部分がある。
そして、ゆりの目的を知っているのは、今のところ音無がそうであると判明しているのみです。

少なくとも、第五話と第六話でノンシャランな発言をしている高松と大山はゆりのそうした心情に疎いような気がします。

個人的には日向にも音無と同程度以上の「ゆりに対する理解と知識」を持っていて欲しいかな、と。
実は、第六話の直井の前でアイコンタクトをするゆりと日向の姿を見て、「『日向が主人公でゆりとユイがダブルヒロイン』でもいいんじゃない?」とちょっぴり思ってしまったわけでして(笑)。

とりあえず、本日の感想はここまで。次回は音無と「かなで」について。


[22-05-16]
文責・てんま