『D.C.III ~ダ・カーポIII~』感想

第12話「枯れない桜がある島」感想

アニメが始まってしばらくの間は、この展開で風見鶏編にどう繋げるんだろう、とそればかり気になっていましたが、終わってみれば(や、まだ終わってはいませんが。)、さくらの超勝利という結末を迎えるみたいで。
「ボクが悪いんだ」と思い詰め、自分をひたすら追い込んでいたさくらが、リッカ・グリーンウッドの記憶を宿した立夏に諭されて、ちょっとだけ前向きに「変わる」。
それが前回第11話のテーマだったように思えます。
してみると、さくらの救済がアニメ版『D.C.III』のメインテーマだったんだな、と。
OPのタイトルも「サクラハッピーイノベーション」(さくらの幸せな革新)ですしね。

 やっとめぐりあえたよね
 伝えるよ 想い全て

歌詞(フルVer.)のこの部分は立夏=リッカの清隆に向けた気持ちばかりでなく、さくらの純一への気持ちも歌っていたんだな、と今更にして思うのです。
引用した一行目は立夏の声優さんが歌っているパートですから、この部分は立夏の想い全開だなー、とずっと思っていたのですが、そればかりじゃないのかもしれないな、と。
「やっとめぐりあえた」というフレーズは今回Bパートラストのそれを彷彿とさせるよね、と。

というよりも、です。

 世界は優しい花々に 包まれるその時
 奇跡は起こる 僕はここにいるよ

この部分などはまさにBパートのあの場面そのもの。
改めて「サクラハッピーイノベーション」の歌詞全体を見渡してみると、さくらの純一への想いを歌った歌のようにしか見えなくなる不思議。
といいますか、もしそうであるなら、あの歌詞には今回のお話のネタバレ満載です(笑)。
ということは、CDのカップリング曲「サクラサクミライコイユメ」もちゃんと意味があって選ばれたものなんだろうな、と。

ちなみに『D.C.』一作目はアニメもゲームもコミカライズ作品も見てないので、思い入れのあるキャラが『D.C.II』のアニメに登場した純一とさくら以外にいないのです。
なので、今回のラストは、もしかすると他ヒロインのファンにとっては微妙な気分になる純一との結末なのかも知れませんが(だって、あれだけ「ボクが悪いんだ」を連呼しているくらいですから、さくら、最初のシリーズでいったいナニをしてたんだー、と。)、でも、自分としては「さくら良かったね」と。

もっとも、第三話の感想で適当に想像してみたように、純一が「葛木清隆」の再来だったりするならば、この先色々と問題も起きそうかも、という気もしていますが。
今回で言えば、例えば清隆と別れる場面。

さくら「ボク、お兄ちゃんに逢えてよかった」

そして、「この世界」を去る際に「大好き」と言っているようにも見えるさくらの口元。
さくらの純一への想いが容易く揺らぐとは思いたくないので、「芳乃清隆」=「朝倉純一」=「葛木清隆」が共通の魂の持主だと思っていた方が色々と平和だな、と、そうも思えるのです。
もっとも、「大好き」というのは「お祖父ちゃん大好き」という意味の「好き」なのかもしれませんが。
いや、こちらの解釈の方が自然ですね。
作中世界において、「芳乃清隆」が「芳乃さくら」の祖父「葛木清隆」の再来であることは紛う事なき事実なので。
とはいえ、「さくら」の最後の台詞が何であるかは結局の所分からないわけですが。
例えば、
「ばいばい、(生まれ変わった)お祖父ちゃん」や、
「すぐにまた会えるよ」
という台詞も候補になると思いますし。
問題は、「さくら」の最後の台詞が清隆に届いたかどうか。
そして、それを彼がどう受け止めたか、だと思います……が、「清隆には聞こえなかった」というのが一番有力なんだろうな、と(笑)。

それにしても、瞳を潤ませて「純一」に抱きつく「さくら」の場面はとても良かった。

感想その2。
るる姉がヤドカリに吃驚している場面。

原監督が伊勢海老を両手に摑んで驚いている画像を思い出して笑ってしまいました。

感想その3。
一斉メール。

「明日の夕方
 枯れない桜に来てみて…」

この時、浜辺にたたずむ長髪の女性の後ろ姿が描かれました。
原作準拠なら、彼女こそがおよそ20年前に「この世界」に帰還した「さくら前理事長」。
少しだけ成長した姿の「さくら」です。
前回、リッカ・グリーンウッドの回想が物語られたのは、このための布石だったのかな、と思いました。
すなわち、ジルにこの台詞を言わせたいためじゃないかな、と。

ジル「魔法って不思議だよね。人を好きになると、守りたい人が出来ると、魔法が使えなくなるなんて」

今回、さくらは純一と再会を果たしました。
つまり、彼女は守りたいものを手に入れた。
だから今まで成長を止めていた魔法の力が弱くなり、少しだけ年を取ることになった。

あれ、それじゃあ『D.C.II』で家族だった「義之」たちの立場は?
そうツッコミたくなる気持ちが湧く人もいるでしょうが。
でも、それはそれ、これはこれ。
原作でリッカ・グリーンウッドがこんなことを言っています。

リッカ「言うわね。でも、私の心のキャパシティーはまだまだあるのよ。子供や孫が生まれない限り、私の力が消えることはないわ」

つまり、強大な魔力の持主ならば、「守りたい人」を何人も抱えてそちらに「想いの力」が振り分けられたとしても、行使できる魔力にはまだまだ十分な余力がある、というわけです。
だから、「義之」たちに「純一」の分が加わって初めて「さくら」の魔力が不足することになった、ということなのでしょう。
あるいは、「さくら」が自ら成長を抑制する魔法を解除したのかもしれません。
「純一」と共に老いていくために。
かつて葛木(芳之)清隆と結ばれたリッカ・グリーンウッドがそうしたように。

何はともあれ、来週はおそらく「さくら」との再会。
さよならを言った次の回(作中時間で翌日?)ですぐに再会というのは、いささか風情がないような気もしますが(笑)、残り話数の都合上仕方ない。
原作準拠なら、彼女が全ての謎を明かしてくれるのでしょう。

とりあえず現時点で解決していない問題。

一、第三話でさくらが見ていた海上の光。
二、第一話の一斉メール。

原作通りならメールの件は解決済とも言えそうですが、風見鶏世界のことを完全に立夏の「設定」だと思い込んでいる他の四名にどうやって納得させるのか。そこが問題です。
実は自分達も風見鶏世界の夢を見ていた(だから実は「設定」じゃないと何となく気づいていた)、とるる姉が言い出すのか、それともさくらが「あれはボクが送ったもの」と適当に言い繕うのか。
前者なら「立夏みたいで恥ずかしい」というるる姉の台詞が聞けそうで、とても楽しみです。
それとも、強引に記憶を蘇らせるのかな。
アニメの立夏がそうだったように、枯れない桜に封じていた記憶をヒロインたちの脳裏に流し込むことで。

それよりも問題は第三話冒頭の海上を照らす複数の光。
完全にアニメオリジナルの場面でした。
あれを見つめていたさくらの厳しい表情は果たして何を意味していたのでしょう。


それと、もう一つ気になるのが、予告で「成長したさくら」が大気の中に溶け込んだみたいに不意に姿を消失させたことでしょうか。


あ。
今ふと思ったことがひとつ。

たとえばですよ?
アニメの初音島は現在、ループ世界に閉じ込められていて。
その原因が「何もせずに逃げ回ってる」(11話・立夏発言)「さくら」にあって。
「さくら」に再び前に進む勇気を持たせることがループから解放される条件で。
その条件が11話・12話で成就して。
禁呪からの解放がゲームと同じ手順を踏むとするならば、あともう一回だけループの初めに戻ることが必要で。

そのことを告げるために、次回、「さくら」は公式新聞部の皆を集めようとしているのかな、と。
最初に戻る。
だから次回タイトルが「ダ・カーポ」なのかな、と。

〔平成25年3月24日/文責・てんま〕

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