ファン小説(TearRingSaga)

3

「しっかり掴まってくださいね」
 サーシャが言った。
「はい」
 エンテが返事する。
「慣れてくるまで下を見ないほうがいいですよ」
「……もう見てしまいました」
「怖いでしょう?」
「気絶しそうです」
「じゃ、もっとぴったりくっついてください。女の子どうしなんだし、平気でしょ?
 ──二人はサーシャのペガサスに相乗りしている。旗艦に乗っているリュナンに会いに行こうとサーシャが言い出したのだ。
 どうせサーシャには自分の所在がばれてるのだし、何だか寂しくなってきたところだったし──ということで、エンテもサーシャの提案に同意したのだが……
「サーシャ様」
「何ですか?」
「やっぱりやめましょう」
「……リュナン様に会いたくないのですか?」
「それは……会いたいです。でも」
「でも?」
「私は国で待ってると約束したのです。それなのに勝手に宮殿を抜け出してきてしまった。リュナンさまに怒られてしまいます」
「そうかなぁ?」
 サーシャは首をひねった。
「恋人どうしが会うのに、そんな約束って意味があるのですか? 勢いでそういう約束を交わして、リュナン様も今ごろ後悔してるのかも知れませんよ」
「何かそういう素振りを?」
 少しドキドキしながらエンテは尋ねた。
「いえ……それはよくわかりません。ほら、リュナン様ってあの通り無表情な方だし」
「『無表情』は酷いわ。『表情の起伏に乏しい方』と訂正してあげてください」
「それってどう違うのですか?」
 エンテの科白にサーシャは笑い出した。つられてエンテも微苦笑する。
 そしてしばらく二人して意味もなくコロコロと笑った。やがて笑い疲れると、サーシャが滲んだ笑い涙を拭いながら、
「ホームズなんて『カトリ、俺が悪かった。カトリ』って夜な夜な泣いてるんですよ」
 と話を蒸し返した。
「ほんとうに?」
 あのふてぶてしい人物が、とエンテは驚いてしまう。
「ちょっぴり私の脚色が入ってます」
 サーシャが舌を出しながらばらした。
「もう。サーシャ様ったら」
 また顔を見合わせて二人で笑う。全く自分は彼女の何に拘っていたのだろう、とエンテは頭の片隅で思った。
「本当に会う気はないのですか?」
 サーシャが確認した。
「……はい。もう少しだけ我慢してみます」
 その返事を聞いてサーシャはため息をついた。エンテが意地を張ってる理由がわからない。そんな感じの吐息だった。
「でも、折角ここまで来たのだし、一目だけでもリュナン様を見ていきましょうね。嫌だとおっしゃっても連れていっちゃいます」
 サーシャが宣告した。エンテはややうろたえながら、
「だ、だけどそれでは私がいるってリュナン様に知られるのでは……」
「こんな上空のペガサスに乗ってるんです。人物の見分けなんてつかないと思いますよ」
 サーシャが確信犯めいた笑顔で断言する。
「何か言われてもシラを切るつもりですし」
「サーシャ様ー」
 エンテは何と言い返したら良いか、言葉が見つからなかった。
「それにね、エンテ様」
 サーシャはいたずらっ子の表情になった。
「もし私と一緒にエンテ様がいるのを見かけても、リュナン様は別の感想を持つかも知れません」
「別の感想?」
「ええ」
 クスクス笑いながらサーシャは続けた。
「つまり、『恋しさのあまりエンテの幻を見てしまった』とか考えちゃいそうですよ、リュナン様なら」
「そ、そうでしょうか」
 サーシャの台詞にエンテはかぁぁっと真っ赤になってしまう。頬の灼熱感を押さえようと、エンテは手を頬にあてがった。

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