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「やっぱりエンテ様……!」
サーシャが開口一番にそう言った。
「見間違いかな、とも思ったのですけど」
そしてからかうように続けた。
「エンテ様、こっそりついてきちゃったんですねー?」
「これはね、サーシャ様」
ぎこちなく笑顔を作りながらエンテが言いかけた。
それを遮るようにサーシャがクスクス笑い出す。
「……?」
エンテが首をかしげると、
「あ、ごめんなさい」
サーシャが朗らかな声で謝った。
「ついさっき──アシカ号とは別の船なんですけど、似たような人とお喋りしてきたばかりなの」
「『似たような』? 私みたいな人という意味ですか?」
「はい」
サーシャはにっこり頷いた。
「鳶色の長い髪をしたお姫サマ──と言えば誰のことだかわかっちゃいます?」
エンテの反応を窺うようなイタズラっぽい目つきでサーシャが訊いた。
「カトリ──マリア王女?」
「そう、カトリちゃん。ホームズのことが恋しくて恋しくて──」
サーシャは胸元で手を組み切なそうな表情を作って、芝居っけたっぷりに言った。
「思わずついてきたんですって」
そして意味ありげな笑顔を見せる。
「エンテ様もそうなんでしょ?」
「わ、私は」
エンテは思わず口ごもった。
「隠さなくてもいいのに」
サーシャが不思議そうに言った。
「遠征中、リュナン様とあんなにイチャイチャしていたくせに」
「べ、別にいちゃついてなんか……」
むしろリュナンに無視されたり苛められたり──そんな印象ばかりが残っている。
「そうかなぁ? 『二人の間には余人の入りこめない緊張関係がある』ってホームズも言ってましたけど。これって要するに“二人の世界”を作ってるということですよね?」
そういう解釈もあるのか、とちょっぴり感心しながら、エンテはサーシャの顔を見た。
「でも、サーシャ様は──サーシャ様もリュナンさまがお好きなのでしょう?」
言ってしまってから後悔する。サーシャの屈託無い笑顔を見ているうちに、思わず本音がポロリと零れたのだ。
「え、私がですか?」
案に反し、サーシャは本気で驚いたようだ。
「誰がそんなデマカセを」
憤慨して続けた。
「そうなのですか?」
僅かな表情の変化も見逃すまいとサーシャを見つめながら、エンテが尋ねた。
「ええ……! だって、私、好きなひとがいるもの。そんな風説を巻き散らされたら迷惑です。いったい誰が言い出したのかしら?……ホームズだったらタダじゃおかない」
プリプリしながら呟く。どうやら本心から言っているらしい。
そう得心がいくなり、エンテの裡で好奇心が芽生えた。心に余裕が生まれた証拠だ。もともとエンテがサーシャを好きなせいもある。
「ところでサーシャ様」
何やらブツブツ口の中で言っているサーシャに向かって、エンテが問い掛けた。
「……はい?」
エンテは微笑しながら続けた。神殿で人々の悩みを聞いてきたシスターエンテの表情だ。
「サーシャ様のお好きな方ってどなたかしら。差し支えなければ教えてくださいな」
「え、えーと……それはですね」
ぽっと頬を染めながらサーシャはうろたえた。もじもじしながら言葉を探しているようだ。
エンテはそんな彼女をかわいいと感じた。つい先刻まで抱いていた隔意めいた感情が消えて行くようだった。
まるで頭の上の青空のように晴れ晴れした気分を味わっていた。