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エンテはちょっとした疑いを持っていた。
リュナンのことだ。帝国との戦いに勝利し、リーヴェへの凱旋を果たした。その彼がわざわざウエルトへ渡るという。
(どうしてなの、リュナンさま)
確かにエンテは平然とした顔で彼を送り出した。嫉妬深い女だと思われたくないからだ。でも──
(リュナンさまはサーシャ王女のことをどう思っておいでなのかしら?)
言葉にするとそんな想いをエンテが抱いたことは事実だった。
幼なじみだという二人はとても仲が良くて──リュナンは『妹みたいなものだ』と言うけれど。でも。
サーシャのことは嫌いではない。いつも明るく陽気で元気いっぱいで、自分とは違う性格。それに、彼女に懐かれているという自覚はある。
でも、それとこれとは話が別だった。
そんな折、シゲンから慫慂があった。こっそりアシカ号に乗ってついてこないか、と。
どうせリュナンはウエルト数千の将兵を輸送する船団の方に乗るだろうから、ばれる気遣いは無いとも言われた。
オイゲン将軍に相談すると、ぜひ追いかけなされと後押しされた。
だから、エンテは今アシカ号の中にいる。姿を見ることは叶わないけれど、リュナンの近くに。そしてサーシャは彼と共に過ごしているはずだった。
船室にこもってばかりだと気分が滅入る。
そこでエンテは甲板に出てみることにした。
ずいぶん久しぶりの陽光の気がする。別に外出を禁止されているわけではない。けれど、こっそりついて来た手前、日のあたる所へ姿を見せるのが何となく憚られたのだ。
(だけど、よく考えてみたらリュナンさまはウエルト艦隊の旗艦にいらっしゃるわけだし)
アシカ号に乗っている自分と顔を合わせる可能性は絶無に近い。そう判断したエンテは外の空気を吸うべく鼻歌混じりに表へ出た。
その時──
バサッバサッと鳥の羽ばたきに似た音がした。
見上げると巨鳥のような黒い影が空を舞っていた。
その影は見る見るアシカ号に近づく。
陽光を受けて白く輝くその姿──ペガサスだった。
騎乗する天馬騎士は空色の髪と瞳をもつ少女。エンテが今一番会いたくない人物のひとり──サーシャである。
隠れたくなった。けれど足が動かない。
(気がつかないで。そのまま行って──)
一瞬、祈るようにそう考えた。しかし無駄だった。サーシャと目が合ってしまった。
ウエルトの王女はビックリしたように目を見張ると、愛馬を操りアシカ号へと降りてきた──