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倒れ伏すリチャードを見下ろしながら、セネトは複雑な驚きにとらわれていた。
ティーエのことを自らの野心実現のための踏み台と捉えている、というのがリチャードに対する以前からの評価だった。
だが、彼はこの場にうち伏している。野望の実現どころかティーエのことを守るべく自らの生命すら擲って……
(つまり、彼は真実ティーエを愛していたということか……)
愛する女を庇って最期を迎えるというのは、ある意味男として本懐かも知れない。
(しかし……)
自分には到底真似できない生き方だとセネトは思った。為政者として、国家や組織よりも個人的感情を優先させることはできない。生き方の優劣や是非の問題ではない。そのように育てられ、また自らの人格を形成してきたのだ。
(いかん……!)
セネトは首を振った。ほんの数瞬とはいえ再び物思いに埋没しそうになった。今はそんな風に悠長にしていられる状況ではない。人間世界の破滅が目前に迫っている。
「ティーエ」
慰める言葉も思いつかないまま、黄金の鎧をまとった少女に向かい、セネトは声をかけた。この場にいる誰もが大切な人を喪っている。
ティーエはリチャードの傍らにしゃがみこみ、ピクリとも動かない青年の身体を呆けたように眺めていた。
セネトの呼び声に反応し、ノロノロと顔を向ける。
「セネ……ト?」
ティーエは驚いた声を出した。今まで自分の考えに沈みこんでいたらしい。セネトたちの存在に気づいていなかったようだ。虚ろだった表情に精気がかすかに戻る。
「どうして貴方がここに……? それに貴方達は……」
リュナンとホームズの姿を認めたティーエは、かれらの手にするユトナの聖剣を見て、痛ましそうな表情を浮かべた。けれど、何も言わずに立ちあがった。
片手で目じりをぬぐう。
「ごめんなさい。恥ずかしい様子を見せてしまいました」
次の瞬間、彼女の瞳には力強い光が宿っていた。
「ティーエ……」
泣きじゃくりもせず健気に運命に立ち向かおうとする少女の姿に、セネトは何と言ってよいか分からなかった。
「聖剣カナン……リーヴェ……サリア」
セネトたちの手にするユトナの聖剣を順繰りに見つめながら、ティーエはその名を呟いた。
「そして聖剣レダは我が手に」
自ら握っていた剣を中空に掲げる。
「幾星霜を重ねてユトナの四聖剣が再びあいまみえたのね……これでガーゼルに打ち勝つ希望が見えました。さ、みんな……行きましょう。ガーゼルを倒しに」
ティーエは凛とした声で告げた。
(何という気丈さ……いや、剛毅な魂の持主)
セネトは驚異を感じていた。どのような苦境にも屈服しない存在が目の前にいた。
以下に引用するのはホームズのリチャードに対する評価ですが、セネトも似たような感想を抱いていても不思議ではないと思うんです。
> 為政者として、国家や組織よりも個人的感情を優先させることはできない。
> そのように育てられ、また自らの人格を形成してきたのだ。
この部分は以下に引用するエンディングの会話を根拠としています。 「わかったか!」と語尾に「!」をつけるテムジン萌え(笑)。
少年の頃からセネトは、ずっとこの調子でテムジンに厳しく躾られてきたのでしょうね。