ファン小説(TearRingSaga)
祭壇で

1

「彼女、大丈夫だろうか」
 先行した二人──リュナン公子と金髪の青年に追いついたセネトは心に浮かんだ懸念を口にした。あのような年端もいかぬ少女を魔獣の群れの中へ置き去りにして、心が痛まぬはずがない。
「ああッ?」
 威嚇するような声を発し、金髪の青年がセネトを振り返った。
「あのガキが自分で『任せろ』つったんだから、任せときゃいいんだよっ!」
 吐き捨てるように言う。
「……」
 その乱暴な口調と睨みつける視線にセネトは反撥を抱いた。
(この男はどうしてこんなに苛ついているんだ?)
「ヤツ当たりは良くないな、ホームズ」
 リュナンがなだめるような口調で言った。そして片目を瞑り、
「彼はあの女の子のことが心配でならないんだよ……内心では焦りまくっているんだ。だからつい怒ったような台詞を口にしてしまう。意訳するなら『言われるまでもない。俺だって心配しているんだぞ』といったところかな。昔から喋り方に問題のある男でね……すまない、セネト王子」
 セネトの表情を読んだのか、そんな言葉をかけてきた。
「勝手に人の考えを代弁するな!」
 金髪の青年──ホームズが今度はリュナンに向かって怒鳴り声をあげた。けれどよく見るとどことなく含羞の感じられる表情だった。
(なるほどね……)
 あの子とはよほど親しい仲なのだろう。二人の関係が気になって、セネトはまじまじとホームズの横顔を見つめた。そんな彼の視線に気づいたホームズは一瞬プイとそっぽを向きかけたが、
「おらッ、何見てるんだよ! さっさとあの竜をぶっ殺すぞ。んであのガキの加勢に向かう。これなら文句ないだろうが!」
 二人に向かってそう言い渡すと、ガーゼルをめざし真っ先駆けて吶喊していった。いつの間にか彼らの足は止まっていたのだ。
「……ね」
 ホームズの背中を見た後、リュナンは肩をすくめてセネトに頷きかけた。そしてセネトの戸惑う表情にクスッと微笑すると、
「さ、僕らも行くとしようか」
 と駆け出した。
(彼らはグエンカオスのあの姿にも気後れしていないのか。さすが『ラゼリアの英雄』……僕とは大違いだな)
 心の中で呟き、やや遅れてセネトもリュナンに続いた。リュナンやホームズの背中を追う彼は二人の瞳に昏く宿る憎悪と復讐の炎には気づいていない。彼らは恋人の命をグエンカオスに奪われたのだ……


 供犠の場へ続く階段を駆け登る。
 グエンカオス──ガーゼルの姿が間近に見えた。
 巫女たちの姿はここからは見えない。竜の巨体の陰になっているのだ。
 確かに鉄格子の向こうで何が起こったかのあらましは見ていたが、実際のところ詳細までは確認できていない。ジャヌーラの術に撃たれたネイファだが、命には別状無いかも知れない。セネトはそんな儚い希望を抱いていた。だから妹の姿が見えないのはもどかしくもあり、また恐ろしくもある。
 階段を昇りきった時、セネトの肩が震え、揺れた。足の動きがわずかに遅くなる。心に体が素直に反応したのだ。彼の視線の先には黄金の鎧をまとった少女がいた。
(ティーエ……)
 自分以外の男を選んだ少女。それはつい先日の記憶。あの時、彼女はセネトではなくマール市国の王子の手をとったのだ。今更どんな顔で彼女と言葉を交わせば良いのだろう……
『ごめんなさい、セネト……私は彼とともに行きます』
 彼女の声と表情が脳裏に蘇る。絶望に目の前が真闇に閉ざされた一瞬……
(……いや、今はそんな回想をしている暇は無い)
 追憶の世界に浸りそうになったセネトだが、首を振り、持ち前の克己心を発揮して努めて冷静な表情を作ろうとした。邪神との戦いの最中に私情をはさむ余裕など無い。
 けれど、さらに近づいた時、セネトは息を飲んだ。
 ティーエの青ざめた頬、真っ赤に充血した眼、そして憔悴した表情……
 彼女の足元にはリチャードが倒れていた。
 ……近辺の床にはマール市国の獅子王子から流れ出たとおぼしき大量の体液が黒々とした血溜りを作っている。

[15-12-14]

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