ファン小説(TearRingSaga)

3

「サーシャ様、ご無事ですか!」
 遠くでケイトの叫ぶ声が聞こえた。
「ケイト? 大丈夫、私は平気です。掠り傷ひとつ負ってません。貴女こそ気をつけて、魔獣がいたる所に身を潜めているわ!」
「ま、魔獣が……!? サーシャ様、いま助けに参ります!」
 焦ったようにケイトが言った。
(大丈夫だと言っているのに……過保護だわ、ケイト)
 けれど心配されて悪い気分はしない。
「サーシャ様っ!!」
 ケイトが剣を振るいながら駆けてきた。視界の中の彼女の姿が次第に大きくなる。
「ケイト、来てくれたのね、ありがとう!」
 ケイトの登場を合図のようにして、父王の家臣達が次々に血路を開いてサーシャの元に集まってきた。ノートンやラフィン、エステル……この戦乱を共に生き抜いてきた大事な仲間達だ。
 人の足音に混じって騎馬の嘶きも聞こえる。
「エステル、俺から離れるな! 一人で先行するな! 危険だと何度言えば分かるんだ」
「ラフィンは過保護すぎるわ! 私もいまや聖騎士に叙任されたというのに!」
 ヴェルジェ伯爵家の姫君とバージェ出身のコマンドナイトは轡を並べて戦っていた。
(ラフィン……エステルも一緒なのね。ふたりはこれからどうするつもりなのかしら)
 困難は山ほどあろう。けれど二人の未来に幸あれと願いつつ、サーシャは別の方向に目をやる。地響きを立てて戦うウエルトの重騎士とその親友の姿が目に入った。
(すごい……オーブスの攻撃を弾いている。ノートンは本当に重厚な壁みたいな人ね。そして……ライネルの槍捌きはいつ見ても見事だわ)
「今はまだ死ねん! ライネルの美人のワイフの顔を拝むまでは……!」
「ほざけ、ノートン。国へ帰ったら見せてやる。地団太踏んで悔しがれ」
 王家への忠義に溢れる槍騎士と重騎士は軽口を叩きあいながら、得物を振り回す。
(……余裕たっぷりね)
 ほぅと吐息を漏らすと、サーシャは手早く刀身に付いた脂を拭った。
「姉さん、危ないっ!」
 ルカの声が聞こえた。姉のラケルと共に戦っているようだ。本当に仲の良い姉弟だと思う。
(そう言えば、ルカはこの戦いが終わったら騎士見習になりたいと言っていたわね。がんばって!)
 サーシャは心の中で声援を送った。
 そして横目でちらりとケイトの様子を窺った。ケイトは今は剣に換えて弓を使っていた。彼女は最近とても哀しい経験をしたばかりだった。けれど、懸命に矢を繰り出すその横顔から内心を知ることはできない。
(色々辛いと思うけれど、今は……)
 守役であり親友でもある女性の心を思いやりつつ、サーシャはマインスターを構え魔獣の攻撃に備えた。


 オーブスの襲撃がどうやら収まったようだ。
 周囲の仲間達もほっと一息ついている。全員無事のようだ。サーシャは胸を撫で下ろした。もう誰も喪いたくなかった。
(それにしても私って……何というか、すっかり魔獣退治の専門家ね。ホームズが鍛えてくれたおかげかしら)
 マインスターの重量を改めて感じながら、サーシャは心の中で呟いた。
 この剣でもう何体のオーブスを屠っただろうか。
(本来なら疲労困憊して、こんなことを考える余裕なんてないはずなのに)
 王家の宝剣が具える神秘の力に、サーシャは驚嘆しつつ感謝した。いま祭壇の中心で悪竜と戦っている大事な仲間たち……かれらを手助けする力を与えてくれた先祖の剣に。

「……!!」
 遠くでガーゼルの恐ろしい咆哮が聞こえる。
 サーシャたちは顔を見合わせた。
「いよいよ最終局面……かしら?」
「いずれにせよ、我々にはもはやここで見守ること以外できそうにありません」
 無念そうに誰かが呟いた。
「そうね。今はリュナン様やホームズのことを信じましょう。かれらと、そしてかれらの剣に宿る女神ユトナの御力を」
 サーシャは誰にともなく言った。

 ……もしかすると世界の終わりが目前に迫っているのかも知れない。ここまで同行した伯母クラリスの青ざめた表情が一瞬脳裏に蘇った。
 けれど、サーシャは自分がそんなに心配していないことも自覚していた。
 生来の楽天的性格もあるだろうが、何よりリュナンやホームズ、レダの王女ティーエ、そしてあの若草色の髪をした少年……彼女の仲間たちを信じていたからだ。


 そして……

 眩い光芒が祭壇の中枢に現れた。
 聖剣の発する光だったと後で知った。

 やがて邪神の断末魔の悲鳴が地下神殿に轟いた。

 ──かれらは勝ったのだ。

[16-05-29]

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