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結局、成り行きからサーシャは少年を祭壇まで運ぶ約束をしてしまった。
彼の率いる小人数の部隊で暗黒兵たちの包囲を突破するのは危険だと思ったからだ。
ペガサスの二人乗りは初めてだったが、何とかなるという自信があったし、実際、問題は起きなかった。
問題があるとすれば少年の方だった。二人で飛び始めてからしばらくして、少年の手が震えていることに王女は気づいた。落ちないようにとサーシャの肩を掴む少年の手が小刻みに揺れている。
(……高い所が苦手なのかしら?)
一瞬浮かんだ推測をサーシャはすぐに打ち消した。何しろ人間離れした圧倒的な魔力を駆使するグエンカオスと戦わないといけないのだ。緊張も気後れもするだろう。
「怖くないですか?」
思わずサーシャは尋ねてしまった。
やや強引に少年をペガサスに乗せてしまっただけに、実は少しばかり気が咎めていた。今とっている行動は彼の本意ではないかも知れないからだ。
それゆえ、少年が求めれば引き返すつもりだった。けれど、言い方が拙かったとすぐ後悔する。女の子にこんな風に言われて、年頃の男の子が弱音を吐くのは辛いはずだ。この長い遠征中、少年たちが雄性としてのプライドを発揮する場面に何度となく遭遇したことを王女は思い出した。
けれど、緑髪の少年の口からは意外な言葉が漏れた。
「怖いさ。誰かに代わって貰いたいくらいだ」
あまりに素直な告白にサーシャが吃驚して振り向くと、少年は微笑していた。
「だけど、聖剣カナンを扱えるのは僕だけだから……自分の使命は果たさないとね」
彼の表情も声音も落ち着いた自然体のものだった。決して気負ったりせず、かといって怯えてもいない。今まで自分の周りにいなかったタイプだ。
(何と言うのだったかしら、こういう人のこと……ええと……そう、『頼もしい』だわ)
サーシャは訳も無く浮かれた気分になった。