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賢者アフリードによって、祭壇への道を閉ざしていた障壁が除かれた。
シーライオンや自由カナン軍の面々も同様に進路を阻まれているという。
ロファール王の指示により、サーシャがカナン勢力へ協力すべく派遣されることになった。ペガサスを操る彼女なら、毒沼の広がる洞窟の地形に影響されず行動できるからだ。
「サーシャ、気をつけて!」
部下を集結させていたリュナン公子が声をかけた。
「リュナン様も……!」
手を振ってサーシャが応える。公子はこれより祭壇を目指すのだ。
為す術もなく恋人の命を奪われた公子の心中を思いやりながら、王女は自由カナン軍のいるという通路を目指した。
敵と鉢合わせになるのは嫌なので、用心のためペガサスを降り、岩陰に隠した。
障害物に身を潜めながら、薄闇の中、サーシャは歩を進めた。
「僕の……僕のせいなんだ……! ネイファを守れなかった。僕は……」
何処からか悲痛な声が聞こえた。
「……!?」
ぎくりとしてサーシャの足が止まった。胸を突くような哀調をその声は帯びていた。
声のした先を凝視する。
十数名ほどの人影が回廊の奥に見えた。
すぐに声をかけるような軽率な真似はせず、王女は物陰からそっと様子を窺った。
あらかじめ教わっていたのと同じ軍装と紋章を彼らは身につけていた。自由カナン軍の人々だ。
サーシャが姿を見せて近づくと、何人かは気づいたようだ。一瞬、警戒した雰囲気となる。
が、白旗を掲げていること、さらに彼女の鎧にはウエルト軍の紋章が刻まれていることから、友軍だと理解したようだ。彼らの顔つきがやや穏やかなものに変わる。
緑髪の少年の顔が見えた。彼はサーシャに気づいてない。周囲の人々の態度から察するに、どうやら彼が集団のリーダーらしい。
「……あの」
声をかけようとした時、少年が顔をあげた。
少年と目が合った。
「……あ」
瞬間、サーシャの胸は奇妙に高鳴った。思わず声を漏らしてしまう。男の子が涙を流す場面にはじめて遭遇したからだ。
緑髪の少年の頬を伝う透明な一筋の雫──それはとても綺麗な印象だった。
男は涙を見せぬもの。ポロポロ泣くのはみっとも無い──父王がよくそう言っていたけれど、それは違うとサーシャは少年の涙を見て確信した。
(だって、誰かを想って泣くんだもの……格好悪いなんてことは決してないわ)
そんな風に考える。
ややあって、自分が少年に見とれていることに気づき、サーシャは焦った。初対面なのにはしたないと考えたのだ。
少年も訝しげな表情で自分を見ていた。
「あの……」
少し戸惑いながら、サーシャは口を開いた──