ファン小説(TearRingSaga)

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「あの……」
 遠慮がちな声が聞こえた。碧い瞳を困ったように見開いて、知らない少女が立っていた。
「き、君は?」
 意表を突かれたセネトは思わず吃ってしまう。まさか鉄格子の向うから呼びかける者がいるとは思わなかった。慌てて袖口で目じりを拭う。
「ウエルト軍の者です……!」
 空色の髪の少女は勢い込んで答えた。
「賢者アフリードから鍵を預かってきました。これを使えば開くと思います」
「なにっ」
 思いがけないことを言われて、セネトは再び吃驚する。少女は微笑して鍵を見せた。
「すぐにここから出してあげますね」
「ありがたい……!」
 セネトが拝むように言った。
 術を施された直後の今ならば、まだネイファを助けられるかも知れない。そんな一縷の望みを抱いた。
「祭壇へ行かねば……!」
 声に出して行き先を告げる。傍らで聞いているレシエにこれからの行動を教えたつもりだった。
 レシエの顔色が変わった。
「危険です!」
 強い調子で反対する。カナン王家に残された男子はセネトしかいない。
「奴を倒せるとすれば、聖剣だけなんだ」
 セネトは自ら最前線に出る理由を説明した。
「グエンカオスは暗黒魔法ザッハークに守られている。普通の武器では傷をつけることすらかなわないと聞いた。このような言い方は傲慢に聞こえるかも知れないが……君達では奴の相手をするのは無理なんだ……」
「……」
 戦うわけをはっきりと教えられ、レシエは反対する言葉を咄嗟に見つけられなかったようだ。唇をキッとかみ締めセネトの顔を見つめる。
「わかってくれるね。これは通常の戦ではない」
 セネトは優しく言った。彼は若い叔母の懸念も理解している。
「……仕方ありませんね。グエンカオスのことを考えると、確かに私達では力不足でしょう」
 甥の瞳をのぞきこみながらレシエは言った。セネトのそれは先刻の血走った眼ではなかった。とても懐かしい彼女の長兄……アーレスにそっくりの理知的な双眸を取り戻していた。
「でも、これだけは忘れないで。あなたの双肩にはカナンの人々の希望がかかっているということを……」
 そう言ってからレシエは得心したようにうなずいた。甥の心から激情が離れ去ったことを確信したのだ。
「ああ、わかっている──と思う」
 セネトが首肯する。ちらりと横目で見ると、ウエルト人の少女は小首をかしげて彼らの会話を聞いていた。
「では行く」
「……待って」
 そのまま駆け出そうとしたセネトを、少女が止めた。
「?」
 怪訝そうに振り返ったセネトに向かって少女は告げた。
「これはおまけです」
 そう言うなり、セネトの軍衣の裾を摘む。そして彼を引っ張るようにして少し離れた場所まで導いた。
 白い馬──否、ペガサスがいた。少女はペガサスの耳元に顔を寄せ、囁いた。
「この方と私を乗せて、あの祭壇へ──行けるわね?」
 少女の言葉が終わると、天馬は嘶いた。完璧に意思疎通を果たしていた。
「さ、乗ってください!」
 天馬に跨るなり少女が言った。
「祭壇まで一緒に飛びましょう」
「ありがとう……!」
 セネトは少女の差しのべる手を握った。

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