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シアルフィ公国軍の占領下にあるアグストリア王都アグスティ。
しかし、一年近くこの都は平穏を保っている。
エバンス城主でもあるシグルドの行政手腕に加え、麾下の騎士団の武威によるところも大きかった。
例えば、ある程度の規模の騒擾現場には騎士たちがすぐさま姿を現したし、また、城下町の巡邏も日々行われていた──
「何だ、あの人だかりは」
ノイッシュが不審そうな声を出した。彼が顎でしゃくった先には、人の群れがそぞろ歩きしていた。
「まあ、女の子ばかりのようだが」
「……あ、そういうことか」
ノイッシュの隣でその喧騒を眺めていたアレクが不意に手を打った。
「いきなりどうした。何か知ってるのか」
ノイッシュが訊く。
「酒場で姐さんたちに聞いたんだが、最近のアグスティ城下では妙な噂があってな」
「妙な噂?」
治安に関わることだろうか。一瞬、ノイッシュの表情が厳しくなる。が、アレクは苦笑いを浮かべた。
「噂というか、呪(まじな)いというか……俺も詳しく聞いたわけではないから巧く説明できないんだが、要するにある決まった日にチョコレートだか何だかを渡しながら男に告白すると、両想いになれるらしい……確かそんな話だった。で、その日が今日というわけだな」
「何だ、それは」
ノイッシュは目を丸くした。
「異教の風習か?」
「さあ? 最近巷間に広まったとしか知らない」
アレクは肩をすくめた。そして付け加える。
「あちこちの酒場や広場で、シレジア人の吟遊詩人がそんな感じの恋歌を歌っていたとも聞いたがね」
「おいおい、それって」
ノイッシュは彼らの共通の知人であるちょっと態度の大きなシレジア人のことを思い浮かべた。
「ノイッシュの言いたいことはわかるが、それは憶測だな。あの人もそんなに暇じゃないだろ」
アレクが苦笑した。どうやら彼も最初は同じことを想像したらしい。
「うむ。ま、そうだな……で、あの人だかりは告白に赴く少女の集団ということか。恋愛成就というのが本当なら、男は全員の相手をしなきゃならんのか。もてる男は大変だな」
ノイッシュは同情と、そして少しだけ羨ましそうな声を出した。
「……おまえ、それ本気で言ってるのか。何人いると思ってるんだ。というか、昨日今日に広まった噂でそんなに人が動くもんか。登校する女学生の集団だろ」
アレクが笑い飛ばした。ノイッシュは眉をひそめる。
「おいおい、じゃあ、今までの話はいったい何だったんだ」
「ただの話の種だ。おまえ、ちょっと素直すぎるぞ」
アレクが嘆かわしそうに親友の顔を見た。