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「……王女、ラケシス王女」
呼ぶ声がした。
「う……ん」
王女はかすかに目覚めかけた。とろんとした瞳で声の主を見る。
けれど、まだ眠りを貪っていたい。そんな欲求が理性に勝って、再びまぶたをゆっくり閉じた。
「風邪をひいてしまいますよ」
声の主はすぐ隣にいるはずなのだが、どこか遠方から響いてくるような印象。
「しょうがないなあ」
呆れた声が聞こえた。しかし、そんなセリフも今の王女には心地よい子守唄だ。
「ラケシス王女」
今度は耳元でそっと囁かれる。何だかむずがゆい感じ。
「うにゃっ?!」
次の瞬間、ラケシスは強制的に覚醒へと導かれた。いきなり耳元に強く息を吹きかけられたのだ。
ぶるっと身を震わせた後、びっくりしてはね起きた。
「眠るなら馬車の中にお入りください」
目を大きく見開いた王女のかたわらで青髪の騎士が笑っていた。
「もうっ。何をするんですか」
はしたない声を漏らしてしまった恥ずかしさやら何やらで、ラケシスはわずかに頬を染めて抗議した。
「失礼。王女がなかなか目を覚まされなかったもので。あのままでは私の肩がよだれで濡れてしまうかもと危惧した次第でして」
ラケシスはフィンの肩に寄りかかって眠っていたのだ。フィンの言葉に触発されて、慌てて王女は自分の口元を拭った。よだれを垂らして寝ていたなんて恥ずかしすぎる……!
「よだれなんて付いてませんよ」
フィンがいたずらっぽく笑う。
「え?」
「私は『危惧した』だけだとちゃんと言ったはずですが」
フィンはラケシスの瞳をのぞきこむようにして告げた。ラケシスは真っ赤になった。
「ひどい……ひどいです」
ぽかぽかとフィンの二の腕をたたく。フィンは苦笑しながら片手を挙げ、降参の素振りを見せた。
「風邪をお召しになるといけないから、起こしてさしあげたのですけどねえ」
手綱を操りながら、フィンがわざとらしくため息をついた。
「第一、前にも申し上げましたが──わざわざ御者台にあがりこんで、私の隣に割って入る必要は無いでしょう。何のために馬車を用意したのかわからなくなってしまう」
青髪の騎士はぶつぶつ呟いた。
「だって、フィン殿とお喋りしたかったんですもの」
ちょっぴり甘えた声で王女は告げた。けれどフィンの返事はそっけなかった。
「馬車の中においでのままでも、話くらいできるでしょう」
「……」
ラケシスはまじまじとフィンの横顔を見つめてしまった。
(わかってない。フィン殿、ぜんぜんわかってないわ──)
心の中でそう叫びながら。