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「──右手に見えるのがマッキリー城です。以前は希少な魔法杖“スリープの杖”がマッキリー家の自慢の種でした。けれど、シグルド様に戦後賠償として取り上げられてしまいました。貴重な観光資源を失って、これからどうなってしまうのでしょうか──なんちゃって」
歌うようなラケシスの澄んだ美しい声。フィンのすぐそばで聞こえる。
それも当然のことだ。ラケシスはフィンの隣に腰かけ、御者席の半分を占拠しているのだ。先刻の提案とはこのことだった。
「フィン殿にアグストリアの観光案内をしてあげます」というのがラケシスの言い分。これに対し「馬車の中からでも別に構わないのでは?」とフィンは疑問を呈したが、「それでは臨場感がありません」とよくわからない理屈で一蹴されてしまった。
王女と言い争うのも面倒だったので、フィンは隣に座ることを認めた。ラケシスはいそいそと御者席に上がりこんで──いまに至るという次第だった。
この馬車に搭乗するのはラケシスと御者をつとめるフィンだけだ。王女に仕える女官たちは別の馬車で移動している。
(だからだろうか。ラケシス王女……もうやりたい放題だな)
王女の声を聞きながらフィンは思った。批判的な感情ではなく、単なる感想だ。
「……」
不意にラケシスの説明が止まった。
「?」
怪訝に思いフィンは王女の方を向く。ラケシスはちょっとつまらなそうな顔で彼を見ていた。
「何か?」
「フィン殿は何を言っても生返事ばかり。私の言うこと、ちゃんと聞いてくれてますか?」
なるほど、返答を怠りがちになっていたフィンに「ないがしろにされている」と不満を感じたらしい。実は王女の美声に聞き惚れていただけなのだが。
(こういうあたりはまだまだ子供だな)
同年齢の王女に対してフィンは少しばかり優越感を抱いた。
「もちろん拝聴しておりますよ。私にとって未知の風物ばかりでしたから、つい感心して聞き入ってしまいました。もしかすると、それが『生返事ばかり』のような態度に見えたのかもしれませんね。申し訳ございません」
と謝罪する。これも本当のことだ。
ラケシスは要領を得ない表情をしていたが、やがてフィンが本気で言っていると理解したようだ。にっこり微笑んだ。
「それならよろしい。では、またまたラケシスさんの観光案内のはじまりです」
元気良くしゃべりだした。陽光のもと、こぼれるような笑顔とともに。日差しを受けて黄金の髪が美しくきらめく。
(……う)
王女の笑顔はとても魅力的で、不覚にもフィンは見とれてしまった。
「なぁに?」
フィンの眩しそうなまなざしに気づき、ラケシスが訊いてくる。
「な、何でもないです」
フィンはそそくさと視線を逸らした。何だか頬が熱い。
「そういう風に言われると、余計問いただしたくなってしまいます」
ラケシスは面白そうな声でフィンに言った。そのまま彼の横顔をじっと見つめる。フィンは頬にどんどん血が集まってくるのを自覚した。
「フィン殿、どうして黙ってるの?」
ラケシスの忍び笑いが聞こえた。
(ううっ……)
王女の熱心な視線を感じながら、フィンは前方を見つめ、手綱を操ることに専念しようとした。
けれど、自分が今どんな顔をしているか、とても気になることも事実だった。