5
そして季節は移り──
(勿体無い、か……)
(だけどレヴィンさん……いくら勿体なくても、口説くのは一人まででしょう)
フィンはそっと思い出し笑いを浮かべた。
「なぁに?」
恋人の漏らした笑い声を自分への呼びかけと勘違いしたらしい。ラケシスが顔を上げた。
彼らはアグスティ城の図書室で読書会を行っていた。体を鍛えるだけではダメだというフィンの発案である。今は二人きりだった。
「いや……」
苦笑しながら書物に落としていた視線をラケシスに向ける。
「レヴィンさんはこれからどうするつもりなのかな、と思って」
「『レヴィンさん』? フィン……あなた、本を読むふりをしていただけなのね」
非難するような目つきで生真面目な王女は言った。
「今日はたまたまだよ。さっきレヴィンさんがフュリーさんやシルヴィアさんと三人で一緒にいるところを見かけてしまってね」
フィンがそう言うと、ラケシスの瞳がキラキラと輝いた。
「それでそれで?」
好奇心にうずうずした声で訊く。
「ちらっと見ただけだよ。『あ、一緒にいるなぁ』って」
「なぁんだ。そのまま覗き見をしておけばよかったのに」
ラケシスがつまらなそうに言った。
「こらこら、王女サマがそんな下世話な関心を持つものではないぞ」
フィンは微笑しながら、くしゃくしゃとラケシスの髪を掻き混ぜた。
「だってぇ」
ラケシスが甘えた声を出す。
「ほら、『他人の恋路に口を出す奴は馬にでも蹴られてしまえ』というようなことを言うだろう?」
「恋のお話は女の子にとって必要欠くべからざるものなのです」
王女は澄まして答えた。
「『恋の話』ね。だったら……」
最後の方は声を低めていたので、ラケシスにはよく聞こえなかったようだ。
「え、なぁに?」
もっとはっきり聞こうと王女は隣に座るフィンの口元に耳を寄せた。王女のそれは狙い通りの行動だったので、フィンはほくそ笑んだ。
「ラケシスには……きみには私がいる」
耳元で囁いた。その甘く優しい声音にラケシスの肩がピクンと震えた。王女は不意打ちされた表情になる。
「だから、他人のことなど気にせず……ラケシスは私だけを見ていればいいんだよ」
フィンは王女の頬に手を触れ、白磁のように美しい肌を愛しげに撫でる。
ラケシスは真っ赤になりながら、
「もう……フィンったら恥ずかしいことを平気で口にするようになったのね……」
他に誰がいるわけでもないのだが、王女は小さな声で弱々しく囁き返した。
「こんなこと……ラケシス以外に言わないさ」
正気に戻って、少し照れ臭そうにフィンが言った。
「ほんとう?」
ちょっぴり不安そうな、けれど嬉しそうな表情をラケシスは浮かべた。
「騎士の誓い。信じなさい」
王女の指に自分のそれを絡めながら、フィンが力強く頷く。
「はい……」
ラケシスもこくんと頷いた。