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──そんなことをぼんやり思い出していると……
「おうおう、いきなりぽわわ〜んとしちゃって。やっぱり何かいい思いをしたんだろう」
レヴィンさんがニタニタと笑って僕を見ていた。
不覚にも数日前の記憶に浸ってしまったのだ。
「別にいい思いなんてしてないですよ」
僕は努めて冷静にそう言った。
「ふぅん」
レヴィンさんは疑わしそうに、
「だが、若い男女が朝っぱらから二人で一緒にいるんだろう? いくら槍の稽古とは言ってもさ、それはもうニヤニヤと思い出し笑いをしたくなるような出来事の一つや二つくらいあるんじゃないのか? いや、あるはずだ。おれにだけこっそり教えろよ」
と僕の肩に手をかけながら言った。
「『ニヤニヤ』って……そんな出来事は一度もありませんが」
赤くなるなよ、僕の顔。そう念じながら僕は答えた。
「何っ!?」
レヴィンさんは心底驚いたような表情を浮かべた。
「お前、それは不健全だぞ……いやいや、そもそもご婦人に対して非礼というものだ」
「なぜでしょう?」
「ラケシス王女がどうしてキュアン王子よりお前さんに教わりたいと思ったか、その理由を考えてみるんだな」
「まずは比較的技量の近い者の技術を得ようとしたのでしょう?」
実際、王女もそんなことをおっしゃっていた。
「……」
僕の返答を聞いたレヴィンさんは大袈裟に溜息をつき、
「こいつが鈍いのか……いや、王女の方もまだ自覚しきれてないのかも知れん……」
そんなことをブツブツと呟いた。いや、わざわざ声に出しているということは、僕に聞かせるのが狙いだろう。ではレヴィンさんがそんなことを考える真意とは……? 僕は懸命に思考を巡らせた。
「……レヴィンさんの言いたいことは、何となくわかってきました」
僕は苦笑しながら告げた。
「よしよし、丸っきりの朴念仁というわけでもないんだな」
嬉しそうにレヴィンさんが言った。
「あそこまで露骨に思わせぶりな発言をされたなら、子供だってレヴィンさんの意図を察することができると思いますよ」
何度もしつこくヒントを出された末にようやくその結論を得たことには頬かむりをして、僕は肩をすくめながら言った。
「だけど……あくまでそれはレヴィンさんの推測でしょう? ラケシス王女の内心を勝手に決めつけるのはどうかと思いますよ」
僕は自分でもつまらないと感じるくらい、至極穏当な批評を口にした。するとレヴィンさんが呆れた顔になった。
「……いいか、フィン。おれからの忠告だ……いやいや、もうこれは人生のすべてに通じる箴言だと思うのだが……」
「はぁ」
僕は気の無い返事をした。レヴィンさんがまた大げさなことを言い出したように感じたのだ。
熱意に欠けた僕の表情をものともせず、レヴィンさんは続けた。
「美人を放っとくのは勿体無いぞ」