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今日、セイレーンの城内で妙な光景を見た。
兵卒たちがにこやかに談笑していたのだが、ブリギッドが側を通りかかった途端、奴らはしゃちほこばった態度になった。
ふたこと三言、会話を交わしていたようだが、一人は『ハッ、何々であります』という言葉遣いだし、別の奴は『姐御におかせられましては……』みたいな変な敬語を使っていた。やはり“オーガヒル海賊の女頭目”という元・肩書きは伊達じゃないということか。
もしかすると俺も今みたいに馴れ馴れしくしちゃいかんのかな。いちおう公女サマだしな。
……ということをシグルド公子に話したところ、彼は普段とは違う難しい表情でこう言った。
「それはやめた方がいい。彼女は悲しむと思うぞ」
「どうしてだ?」
不思議に思ったので尋ねてみた。
「気づいてないのか」
シグルド公子は苦笑した。
「何に?」
再度俺が訊くと、シグルド公子は首を振った。しげしげと俺の顔を見る。公子の貌表情には『処置なし』という文字が刻まれているようで少し気に障ったが、黙って彼の言葉を待った。
「……公女としての身分、あるいは海賊の元頭目という前歴──案外、彼女に対して隔意を抱いている面々もいるんだよ。それも君が想像するよりも多くね」
「……ふむ、そういえば妹のエーディン公女はともかく、ブリギッドと一緒にいると緊張して見える奴は結構いるような気もするな」
「だろう?」
シグルド公子は我が意を得たりという顔つきで頷いた。
「だから『馴れ馴れしいかも』と遠慮して丁寧な……もとい、腰のひけた態度をとられたら彼女はショックだろうね。ざっくばらんな態度で付き合える数少ない相手だからこそ君に懐(なつ)いているという事情もあるだろうし」
『懐く』ねえ…?
まあ、友達だと思っていた相手にいきなり慇懃無礼な態度に出られたら、悲しく思うのは当然だろうな。
……そう言えば普段からブリギッドはどことなく寂しそうな風情のような気がする。