ファン小説(FE聖戦・親世代)

2

 シレジアは寒い。
 吐く息が驚くほど白いのだ。防寒具から露出した部分に吹き付ける風がとても痛い。冬場はどこの土地でも同じとは言え、アグストリアやイザークはここまで寒くはない。レヴィン王子たち元からの住民には悪いが、はっきり言って永住したい土地では無い。
 俺は歯をガチガチと鳴らしながらそう考えた。
 早朝の素振りが俺にとって一日の始まりなのだが、シレジアの冬の朝は長年続けてきた日課をこなすには少しばかり辛いものがある。まあ、体を動かしているうちに暖かくなるからいいのだが。
 とりあえず屈伸運動だ。こうも寒いと十分に体をほぐさなければ怪我をするおそれがある。
 しかし、寒い!
 体など満足に動きやしない。
 俺が柔軟体操に苦戦していると背後で笑い声がした。
「何をちまちま膝を曲げてるんだい」
 ブリギッドだ。最近、この女はやたらと俺に絡んでくるのだ。
「それともホリンはもうお爺さんなのかな。随分と硬い体なんだね」
「寒くて凍えそうなんだ」
 俺は顔をしかめなら言った。
「道理でとろくさい動きだと思った」
「トロくて悪かったな」
 ブリギッドのお喋りを無視することに決めた。黙々と腕立てやブリッジに励む。
「……」
 そのうちいなくなるだろうと思っていたのに、ブリギッドはしつこく俺の傍にいた。
 何だかぼうっとした表情で俺を眺めている。
「用事でもあるのか?」
 根負けして俺は口を開いた。
「じっと観察されているとどうにも集中できないのだが」
 俺が文句を言うと、
「あ、ごめん。気にせず続けて」
 ブリギッドが謝った。
「いや、気になるから尋ねたのだが」
「あ、そうか」
 とブリギッドは軽く笑った。けれど、それ以上何かするでもなくそのまま黙りこんでしまう。
「んー、話しにくいことなのか?」
 俺は尋ねた。
「話にくいって言うか……」
 ブリギッドは戸惑ったような瞳を向けた。
「聞いてやるから言ってみろ」
「うん……」
 まだ少し逡巡していたが、やがて彼女は口を開いた。
「あんた、軍に参加する時にこう言ったんだってね。『俺は今まで金のためだけに戦ってきた。だが、それもむなしくなった。俺も共に戦いたい。何か大きな目的のために、この剣を使いたいのだ』って」
「……詳しいな」
 俺は一瞬絶句してしまう。以前、闘技場でシグルド公子に敗北を喫した時に告げた言葉だった。だが、この宣誓が何だというのだ?
 ……もしや俺の負け犬ぶりを耳にして嘲笑いにきたのだろうか? ファンは凋落した偶像(アイドル)に厳しいというからな。もちろん彼女が剣闘士時代の俺のファンと決まったわけではないが。
 そのような内心の動揺を隠しながら、俺はつとめて冷静に言った。
「青臭いセリフだと思ってくれてもいいさ。どう聞こえようとそれが俺の本音だから」
 するとブリギッドは慌てて首を振った。
「『青臭い』だなんて、そんなこと全然思ってない! むしろ感心してるんだよ」
「ほう?」
 ブリギッドの言葉には真実味が感じられたので、俺は黙って耳を傾けた。
「私はさ……成り行きでこの軍に参加した人間だから。海賊仲間に裏切られて行き場が無くなって……シグルド公子に助命されて……」
「……」
「そう、何か理想に燃えて戦っているわけじゃないんだよ。ただ何となく居着いてるというか……だから、ホリンが羨ましい……」
「ふぅむ……」
 俺には言うべき言葉がみつからなかった。もともと口下手なせいもある。それにブリギッドも俺に何か言ってもらうことを期待しているわけではなかろう。単に愚痴を吐く相手を捜していただけのはずだ。
 ──と思ったら、ブリギッドは俺のことをじっと見つめていた。まるで俺の言葉を待っているかのように。
 申し訳無いが俺には含蓄ある託宣などできない。
 ……と正直に告げることができればどんなに楽だろうな。仕方ないので、
「まあ、あれだ。一緒にがんばろう。焦らずにな」
 と、あたり障りのない返事をした。すると、
「うん……!」
 すごく嬉しそうな笑顔でブリギッドは頷いた。
 どうしてこんなに嬉しそうなんだ?
 ──ヘンナ女ダナ……

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