ファン小説(FE聖戦・親世代)
姫君と結婚

 数年が過ぎ──
 美しく成長したラケシスの元へは近隣の貴公子たちからのアプローチが毎日のようにある。
「おかげでやんわりお断りする話法が身につきました」
 その日、へらへら笑いながら王女は言った。相変わらず異性に興味を示さないようだ。
「そんなの自慢することではないだろ」
 エルトシャンは額を押さえながらあきれた声を出した。古い資料を求めて入った書庫でたまたま二人きりになる機会があったので、お説教しようと考えたのだ。このままでは婚期を逃してしまう。
「第一、『話法』といってもラケシスは同じような言い訳ばかりじゃないか」
「あら、そうでしたっけ」
「『私は兄上のような方じゃないと結婚いたしません』……って、何だ、いつも使っているこの台詞は」
「嬉しいでしょう、エルト兄様?」
 澄まし顔で妹姫は言った。
「そりゃ嬉しい……って、そういう問題ではない」
「そうですよね。話を脱線してはダメですよ」
「お前が混ぜかえしたんだろ」
 苛立ったようにエルトシャンが指摘した。
「細かいことは気になさらないで」
 ラケシスはびくともしなかった。
「俺は……」
 エルトシャンが何か言おうとしたとき、
「あらあら、兄妹仲睦まじい……のかしら?」
 グラーニェが侍女たちを引き連れ姿を現した。腕には乳児を抱いている。アレスだ。
 がやがやという感じで、さっきまで二人きりだった空間に人が溢れる。
 話の腰を折られてエルトシャンは渋面になった。
(お義姉様、適時の介入ありがとう。残念でしたわね、エルト兄様)
 ラケシスが心の中で兄に向かって舌を出す。
「お二人がこちらにいると聞いて、お茶でもどうかと思いまして」
 二人の傍に腰掛けながらグラーニェは説明した。そう言ってる間にも侍女たちが手際良く準備を進める。
「書物庫は茶会のための場所ではないのだが……まあ、丁度いい。グラーニェからもラケシスに言ってやってくれ」
 気を取り直してエルトシャンが妻に言った。夫婦である以上、もちろん王妃は自分の味方のはずだ……と考えたらしい。
(一緒にラケシスを説諭しよう)
 エルトシャンは心の中でそう告げた。けれど夫の目配せを見てグラーニェは不思議そうに首をかしげた。
「『言う』って……何をですの、あなた。私、今来たばかりなのでお話が全然見えませんわ。それと……目にゴミでも入ったのですか? しきりに瞬きなさっておいでのようですけれど」


(グラーニェが分かってくれない……俺たちは心と心で通じているのではなかったのか?)
 ちょっぴり侘しい気分とともに。エルトシャンは先刻までの会話をかいつまんでグラーニェに話した。王妃はフムフムと頷きながら聞いていたが、
「それで……ラケシス姫の断り文句のどこが問題なのでしょう?」
 と夫に尋ねた。
「どこがってお前……」
 エルトシャンは一瞬口ごもる。たとえ実妹の言葉にせよ『エルトシャンのような男性と結婚したい』という趣旨の発言をラケシスがしたことを妻に教えたのはまずかったのでは、と気がついたのだ。グラーニェに対するラケシスの挑発と受け止められかねない。せっかく仲の良い義姉妹の関係に亀裂を作ってしまったのではないか。
 けれど妻も妹も平和そのものの表情だった。エルトシャンの懸念などどこ吹く風といった様子だ。エルトシャンが黙ったままでいると、
「せっかくお義姉さまと二人で考え出した名文句ですのにね」
 ラケシスが口を挟んだ。
「? それはどういうことだ」
 予期せぬ情報を聞かされて、エルトシャンは困惑した。
「だって、エルトシャンさまを引き合いに出されて『でも自分なら』と考えることのできる殿方は、あまりいらっしゃらないと思いますよ。ですからあなたと『同じレベルの殿方』であることを要求するのは、断る口実には最適でしょう?」
 グラーニェは言った。微妙にエルトシャンに対する惚気の入った台詞だが、誰も何も言わなかった。エルトシャンはそのような含みに気づいてないし、ラケシスは義姉の評価に同意しているからだ。
「そうそう。兄上のお名前を出した途端、殿方の眼が昏くなるの」
 ラケシスが頷いた。そして、
「だけど……『それでも自分はがんばる』という方がいらっしゃらないというのも、何だかね……」
 寂しそうにつけ加える。
「おい、もしかして誉め殺しか?」
 黙って聞いていたエルトシャンが不意に警戒した目つきになった。妻と妹が彼に対して含むところがあるのでは、と思ったのだ。僻みなのかもしれないが、アレスが生まれて以来、妻や妹にないがしろにされているのでは、と最近の彼は考えている。
 エルトシャンの台詞にラケシスとグラーニェは顔を見合わせた。
(何だか最近疑い深いわね。素直に誉め言葉と思っておけばいいのに……そんなにこの人を苛めているつもりは無いんだけど……)
(そうですよね、お義姉様。兄上はもう少し自分に自信を持って欲しいわ)
 そして二人して軽くため息をついた。
「……ラケシス姫……でしたら、アレスなどいかが? 大きくなったらエルトシャンさまみたいな殿方に成長すること請け合いよ」
 くすっと笑ってグラーニェが腕の中の息子を掲げる。話題を替えようと考えたのだ。
「あ、お義姉さま、私にも抱かせてくださいな」
 ラケシスも義姉に付き合って言った。
「はい、どうぞ」
 とグラーニェは息子を手渡した。
「ありがとう」
 ラケシスは甥を抱きしめると頬擦りした。
「うふふ、ぷにぷにしてる」
「おい、俺のことは無視かい」
 自分の台詞を聞き流されたエルトシャンは拗ねて呟いた。けれどラケシスもグラーニェも相手をしてくれなかったので、ますますいじけた表情になる。
「だーだー」
 そんな父の顔が面白かったのか、叔母に抱かれて嬉しいのかはわからないが、ラケシスの腕の中でアレスが陽気な声で笑った。
「お母様のご指名よ、アレスはお姉ちゃまと結婚しましょうね」
 甥の笑顔を見て、ラケシスはにこにこしながら言った。
「やー」
 アレスが言った。まだ喋れないけれど意思表示はできるのだ。
「やーん、ふられちゃった」
 ラケシスが面白そうに笑う。
「それはまあ、そうだろ。何しろアレスが成人したとき自分が何歳なのか考えてみることだね……何が『お姉ちゃま』だ、ラケシス叔母サン」
 兄王が憎まれ口を叩いた。
「ま、ご挨拶ね。でも、アレスにもすでに好みのタイプの異性があるのかしら」
「おー」
「あら、この子頷いたわ」
 ラケシスは目を丸くした。
「こんなおちびさんでも殿方は殿方なのね……」
 感心したように呟く。
「そこはまあ、エルトシャンさまの息子ですから」
 グラーニェもおかしそうに口を挟んだ。
「なぜそこで俺を引き合いに出すのだ……」
 言い返そうとしたエルトシャンだが、妻と妹が息子に夢中なので黙ってしまった。また無視されると哀しいからだ。


「それじゃあアレスくん、大きくなったらお姉ちゃまの虜になるようにキミのことを躾ちゃうから。あ、『躾』じゃなくて……えーと……『調教』というのだったかしら」
 意味もわからずに物騒なことを言いながら、アレスを抱いたラケシスが書庫を出た。年の離れた弟といった感じの甥っ子を構いたくて仕方ないのだ。


「……ラケシス姫がアレスのことを可愛がってくれるので、とても嬉しいですわ」
 二人を見送ったグラーニェが微笑した。
「どうせなら、アレスをあやしてるうちに『自分の子供が欲しい』とでも思ってくれれば良いのにな」
 妹の姿が見えなくなったのを確認してエルトシャンが言った。
「……いや、もちろんその前に相手を見つけないとダメなのだが」
 言った後で苦笑する。
「それが一番大変だ。何しろあの調子だといつまで経っても異性に関心すら持ちそうにない」
「……」
 グラーニェが妙な顔をした。
「何かな?」
 エルトシャンが気になって尋ねる。
「あなた、もしかして気がついてないの?」
「だから、何をだい」
「あの子、好きな人がいるのよ……多分」
「何っ!?」
 思いもよらぬ言葉を聞かされ、エルトシャンは思わず叫んでしまう。
「そんなこと、一度も聞いてないぞ。グラーニェは何か知ってるのか?どこのどいつだ? 一体何時からそんなことに……?」
 まくしたてるようにエルトシャンが尋ねた。
「だから『多分』と言ったでしょう? 本当はどうなのか私も知りませんよ」
 グラーニェは困ったように笑った。
「何だ、ただの勘か」
 エルトシャンがほっと吐息を漏らす。
(……この人、妹姫に結婚して欲しいの、欲しくないの? どちらなのかしら)
 グラーニェは夫の秀麗な貌をまじまじと見つめた。恐らくラケシスの父親みたいな心境でいるのだろう。微笑ましく思いながら、グラーニェは言葉を接いだ。
「女の勘はバカにできませんわよ。それにね、ここまで頑なに殿方とのお付き合いを拒むなんて……どなたか想い人がいるからだと思いませんか?」


 ……グラーニェの立ち去った後、書庫でエルトシャンは資料探しを再開した。
 けれど目は書物の表題を上滑りするばかりで、心ここにあらずといった風情だった。
 顔つきにも厳しいものがある。否、むしろ寂しそうな表情というべきか。
(『断る口実には最適』…か)
 あのような言葉だけで婚姻を断れると思いこんでいる妹や妻が哀れだった。
 むろんエルトシャン自身には妹を政争の生贄に捧げる意思は無い。妹の屈託無い笑顔を曇らせたくはない。
 けれど国家を運営していく上で彼自身にもどうにもならないことがある。たとえば主家であるアグスティ王家──ヘズル一門の総帥であるイムカ王にラケシスの婚姻相手を正式に定められた場合、彼の忠実な騎士である自分にそれを拒絶することができるだろうか。
(……いや、違うな。そうなることを心配するよりも、そうならないように努力すべきなんだ)
 エルトシャンの瞳に強い光が灯る。イムカ王に根回ししておこう。彼はそんなことを考えた。

[14-07-10]

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