ファン小説(FE聖戦・親世代)
兄王の心

 王家お抱えの菓子職人が技術を凝らして作ったお菓子。
 他の大陸より取り寄せた最高級のお茶。
 ……家臣たちの目の無い兄妹だけの空間。
 けれど今は妹と二人きりの時間が気詰まりだった。エルトシャンは心に重石を乗せられた気分でラケシスのそばにいた。彼女に話さなければならないことがあったが、どうしても言い出せなかった。
 やがて普段の兄とはまるで別人の態度にラケシスが、
「エルト兄様……思わせぶりな表情でチラチラこちらを見るのは、あまり誉められた態度ではありませんよ。言いたいことがおありなら、殿方らしくスパッとおっしゃってくださいな」
 と苦笑しながら口を開いた。
「ラケシス……」
 エルトシャンは意を決したように口を開いた。
「その……実はハイライン家から内々に婚姻を打診されているのだが」
 まだ十代前半のラケシスにこのようなことを言うのは忍びなかった。要するに政略結婚の申し出だからだ。
 (ふぅん)という表情でラケシスは兄を見返した。
「それは兄上も大変ね。もう一人奥方をお迎えになるのですか。グラーニェ義姉様とひと悶着ありそう……兄上には申し訳ないのですけど、私はグラーニェ義姉様の味方につくつもりですから。でも、あそこの家に年頃の姫君がいらっしゃったなんて初耳だわ」
「……あのな」
 エルトシャンは脱力したように言った。
「俺が話しているのはそういうことではないんだ」
「わかってます、それくらい」
 ラケシスは微苦笑した。(兄上には冗談も通じないのかしら)と言いたげな表情だ。
「エリオット王子からは熱烈な求愛のお文を何度もいただいておりますから」
「なにっ?」
 意外な告白にエルトシャンの顔色が変わった。
「俺はそんなこと、一度も聞いた覚えが無いぞ」
「大丈夫。私も兄上に報告申し上げた記憶はございませんから、ご安心くださいませ」
 ラケシスがにっこり笑った。エルトシャンが憮然とした表情で、
「何を安心しろと言うんだ」
 と呟く。
「自分が健忘症ではないということを」
 ラケシスは言下に告げた。
「それにしても……エリオットとそういうことがあったのなら、俺に教えておいて欲しかったな」
 エルトシャンは妹姫のつまらない冗談を無視して不満そうに言った。
「どうして? エルト兄様は『宮廷の喧しい噂雀ども』みたいなことをいつもおっしゃているではありませんか。てっきり恋愛沙汰などの噂話がお嫌いなのだと思っていました。だから気を利かせて黙っておりましたのに」
 妹姫が不思議そうに睫毛を瞬かせた。
「それは下世話な好奇心が嫌だからだ。血眼になって他人の粗探しをしたり陰口をたたく奴らには吐き気がする」
 かれらが兄妹であることがわかった頃の様子を思い出しながら、エルトシャンは仏頂面で答えた。話しているうちに往時の憤慨が蘇ってきた。
「エルト兄様は潔癖なのね……」
 ラケシスが呆れたように言った。その態度をみてエルトシャンは自分との温度差に慨嘆した。けれどすぐに、彼女はあの頃のノディオン王家を標的にした醜悪な風評を知らないせいだと思い直す。王家への誹謗中傷には凄まじいものがあったとエルトシャンは記憶している。
「でも、この場合も同じでは? わたしとエリオット王子の仲のことですけれど」
「断じて違う」
 エルトシャンはきっぱりと言った。その剣幕にビクッと身を震わせ、おびえたようにラケシスは口を噤んだ。
「俺がお前とエリオットとのことに関心を抱いたのは、王族の婚姻は国家対国家の関係に還元されるものであるからだ」
「……大げさなのね」
 兄王の様子に気圧されていた妹姫がややあって肩をすくめた。威圧的な兄の態度への反抗心の表明にも見える。
「ラケシスが気楽すぎるんだ」
 今ひとつわかってない様子の妹に向かって、エルトシャンは辛抱強く言った。
「ともかく……いや、何でもない」
 エルトシャンは何か言いかけてやめた。代わりに、
「で、ラケシスの気持ちはどうなんだ?」
 と尋ねた。穏やかな口調と表情に戻っている。ラケシスも兄の感情の変化に敏感に反応し、小さく安堵めいた吐息を漏らした。
「気持ち?」
「エリオットから恋文を貰ったのだろう?」
「……ああ、そうだったわね」
 (そういえば)という風情でラケシスが応じた。
「無視していたら何通も似たような文面のお文を頂きました」
 何事かを思い出すような顔つきでラケシスは言った。
「もしかしたら、以前のお文がわたしの所へ届いていないと思われたのかも知れませんね。だから何度も同じ内容だったのかも」
(……本気で言っているのか? それともエリオットへの皮肉なのだろうか)
 エルトシャンは疑わしそうに妹姫の顔を見た。
「ともあれ、何通もお文を頂いたでしょう? わたしもお返事を書くのがいい加減煩わしくなって……」
「まるでマメに返信していたとでも言いたげな台詞だな。さっき『無視していた』と白状したばかりじゃないか」
 エルトシャンが矛盾を指摘した。ラケシスは兄王の言葉を完全に無視して、
「わたしもお返事を書くのがいい加減煩わしくなりまして『そういうことは兄を通してくださいな』というお文を出しましたの」
 どう、名案でしょう?と言いたそうにラケシスがエルトシャンを見た。
(そこでどうして俺に振るのかな?)
 面倒なことは全て自分に押し付けるつもりだろうか。エルトシャンは一瞬うんざりした気分になったが、おもてには出さなかった。面倒事を持ち込まれるというのは妹に頼られているからだ、とすぐに気づいたのだ。
(要するに……『もう自分ではどうにもできない。兄上、助けて!』という意思表示だよな)
 頼り甲斐が無い相手には泣きつくことなどしないだろう、つまり自分は妹にそれだけ信頼されているのだ。そう思いついてエルトシャンは他愛なく良い気分になった。

[14-07-09]

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