「おかあさま……」
童女が訴えるような顔をした。
傍らには豪奢な金髪の女性が添い寝していた。
「どうしたの、ナンナ。暑くて眠れないの?」
すぐ側で寝息を立てている青年を気遣いながら、女性──ラケシスが囁くように尋ねた。レンスター王家支援者との折衝や金策……昼間の活動で青年は疲労困憊しているのだ。もっとも、彼が具体的に何をしているかラケシスは知らない。今の彼女はナンナ、そしてリーフの育児で手一杯だった。
(
彼女の知っていることといえば、ずいぶんと子供っぽい組織の名前と彼らがアルスターに集結しつつあることくらいだ。『君にはちょっと見せたくない世界だから』と青年は頑ななまでに組織へのラケシスの関与を拒むのだ。彼女だってかつては名を馳せたマスターナイトである。ナンナやリーフがもう少し手間がかからなくなり余裕ができたなら、彼に協力する素養はあると思うのだが……
そんなことを考えていると、
「ううん」
童女──ナンナが枕の上で頭を左右に動かした。
「お昼寝のしすぎで眠くないの」
「それは……何と言うか、困ったわね」
ラケシスは思わず苦笑した。笑い声をたてた後、慌てて夫を見遣る。
「う……ん……」
青髪の青年はまどろみの中にあるようだ。(よかった、起こさずにすんだわ……)と安堵の吐息を漏らすと、ラケシスは娘に提案した。
「ナンナ、お母様と一緒にお空を見にいきましょうか。今夜はお星さまがいっぱいで綺麗なのよ」
「うん……!」
ナンナは嬉しそうに微笑した。外へ出ることに同意したのは、幼いながらも父親の睡眠を妨げたくないという気持ちがあるのだろう。
「あれはね、『天の川』というの」
満天を埋め尽くす星々の瞬きを見上げながら、ラケシスは娘に教えた。
「お星さまがいっぱいで、川みたいだから?」
「そう」
娘の利発さを喜びながら、ラケシスは頷いた。
「それでね、川を挟んで両岸にふたりの神様が住んでおいでなのよ」
「かみさま?」
ナンナは小首をかしげた。その様子はとても愛らしく、ラケシスは思わず抱きしめてしまう。
「おかあさま、苦しいよう」
頬擦りされながら、母の腕の中でナンナは抗議した。
「ごめんね、ナンナ」
ラケシスは謝罪して娘を抱く力を緩めた。
「ゆるしてあげるから、なにかお話して」
ナンナがラケシスの膝に手を載せてせがんだ。最近、寝物語してあげることが日課になっているのだ。ラケシスが物語っているうちに、ナンナはいつしか夢の世界に赴くわけである。
(そういえば今夜はすっかり忘れていたわね)
ラケシスはそのことに気づいてナンナを見た。
(だから、なかなか寝付かなかったのかも)
「おかあさま?」
ナンナがラケシスの顔をのぞきこむように見上げた。母が黙り込んでしまったのを気にしたようだ。
二人は芝生の上に腰をおろした。
「それではさっき言った『天の川の神様』のお話をしましょうか」
ラケシスは娘の体を抱くと、自分の膝の上に載せた。
「うん! おねがいします」
弾んだ声でナンナが返事した。
(全然眠くなさそうね……)
これは手ごわそうだ、と思いながらラケシスは語り始めた。
「むかしむかし、おじいさんとおばあさんが──」
そこまで喋ったところでラケシスは口を閉ざした。娘の不満そうな表情に気づいたからだ。
「……ゆうかんな騎士ときれいなお姫さまがいました」
ラケシスは言いなおした。ナンナは嬉しそうに目を輝かせた。