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(シアルフィの公子はお気楽な頭脳の持主と聞いていたが……風評は事実らしい)
キュアンはそう確信した。何しろ、シグルド公子は初陣に恋人連れで臨んでいるのだ。
数年に一度の“南”からの侵攻──
キュアンの士官学校入校の年、トラキア王国の攻撃があった。
士官学校に入る前に実戦経験を積んでおきたく思ったキュアンは、勇んで戦列に参加する。
これは彼の初陣だったが、似たようなことを考えた者がグランベルにもいたらしい。それが今回のグランベルからの援軍の中核、グリューンリッターを率いる少年……シグルドだった。むろん、キュアンと同い年にすぎない彼は単なる神輿(みこし)であり、実質的指揮官は高名な軍師スサール卿と目されている。
「何をカリカリされているのですかな、キュアン様は」
「ゼーベイアか」
剛勇を誇るゼーベイア将軍が、今回の戦役の総司令を務めていた。キュアンはあくまで観戦武官の名目である。何といっても一粒種の王子であり、宮廷の文官たちは従軍することさえ危険だと難色を示していたのである。
(何という過保護ぶり……! それに引き換え、彼はどうだ。グリューンリッターの指揮官だと?)
恋人に向かってニヤケた表情を見せるシグルド公子の顔を遠目に見ながら、キュアンは苛立ちを隠せない。
「ふふふ、初陣で興奮なさってますな」
キュアンの表情を見事に誤解したゼーベイアが、先輩ぶった口調で、
「まあ、ビクビク怖がるよりも余程よろしい。何と言ってもキュアン様はゲイボルグの継承者として、やがてはトラキア半島に覇を唱えられるべきお方。若いうちから戦場の空気に馴染むのは良いことですぞ」
生粋の武官であるゼーベイアにとって、若き次代の主君が勇気を示すのは歓迎すべき事態だった。それゆえキュアンが初陣を口にして以来、彼はとても機嫌が良かった。
「ああ、そうだね」
キュアンが頷く。
「男の戦いは経験が一番だと私も思っている」
「ふふっ、そうですな!」
彼の「トラキア半島に覇を」というセリフをキュアンが否定しなかったので、ゼーベイアはますます上機嫌になる。「この王子なら!」との期待が高まったようだ。何しろ「攻撃は最大の防御」と主張する者が多い武官たちの中には、トラキア王国に対し防御一辺倒のカルフ王の姿勢に疑問を抱く者も少なくない。
「ところで、アレをどう思う?」
キュアンがシグルドたちを指し示す。彼は相変わらず女の子と談笑していた。
「戦場に女連れとは、聞きしにまさるうつけぶり。そう思わないか」
「微笑ましいじゃないですか」
意外なことにゼーベイアは好意的な感想を漏らした。
「以前ご一緒した某公爵家の公子殿下など、数人の女性を引き連れての来陣でしたぞ」
曖昧な表現ではぐらかしているため誰のことやら分からなかったが、
「……グランベルの貴族は爛(ただ)れているな!」
キュアンは憤慨した。ゼーベイアはそんな王子を好もしく見つめつつも、諭すように、
「キュアン様はお若い! 傭兵どもなどボルデル・ミリテール・コントローレが無いと、脱走者まで出るのですぞ」
「……」
その言葉を聞いてキュアンが押し黙る。どうしてそこまで異性に執着するのか、彼には分からなかった。
「ま、おいおい戦場での習慣はお教えいたしますよ」
一礼すると、ゼーベイアはその場を去った。スサール卿との打ち合わせがあるらしい。
……怒りを共有する立場の者がいない。
その事実の認識は、キュアンの苛立ちをさらに募らせていった。