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「バーハラの士官学校に行け? どうして?」
キュアンは思わず大声を出した。なにしろ青天の霹靂だったからだ。
その態度にドリアスが顔を顰(しか)める。
「王子、国王たる者はそう簡単に表情を変えるべきではありませんぞ。たとえ本当は驚いていたとしても、『動じていないぞ』という素振りを見せないと」
彼は若手のホープとして国政にも参画しようかというエリートだが、キュアンにとっては口うるさい兄貴分にすぎない。
「私は王じゃない」
「口を尖らせないように。子供みたいです」
「ドリアスって小言爺さんみたいだな」
「王子が私に小言を言わせているのです。おわかりか?」
「……うぬっ」
キュアンは口喧嘩でドリアスに勝てたためしがない。今日も言葉に詰まってしまった。
「それはともかく」
悔しそうな表情のキュアンを横目で見やりながら、ドリアスが、
「レンスターは常にトラキア王国からの攻撃の危険に晒されています。竜騎士団を擁し傭兵として実戦経験も豊富なトラキアを、国力に劣るレンスターが撃退し続けてきた理由は何でしょう」
「世界最強国家──グランベルと結んでいるからだ」
キュアンが不承不承といった感じで答える。
「その通り。では、レンスターの王子としてすべきことは何だと思われますか?」
「……」
「言いたくないですか、プライドが邪魔して」
「……グランベルの要路の連中と親交を深めておくことだ」
「左様。そのためには士官学校に入るというのは最高の方便なのです。何といっても将来のグランベルの支配者たちと『同じ釜の飯を食う』わけですから。士官学校で一緒だった人々の連帯感、同志的紐帯は並々ならぬものがあるのですよ。いわゆる“貴様、俺”の仲。不祥、このドリアスも……」
「ドリアスの昔話はもう百遍も聴いた」
キュアンがドリアスの回顧談を封じる。そして、
「将来のグランベル為政者との顔つなぎ、か。そんな功利のみを求めた人間関係など好きになれないな」
「好き嫌いの問題ではありません。国を──国民を外敵から護るためには必要なことなのです」
ドリアスが厳しい口調で言った。王族の義務。それを幼い頃からキュアンに叩き込んできたのは彼だ。
「分かってるさ。だけど……」
トラキア戦で援軍にくるグランベル軍。何人かの司令官とキュアンは面談したことがあるが、大国意識を鼻にかけた実に嫌な連中ばかりだった。そんな連中の中に入っていくことは、まだ一四歳の身では躊躇せざるを得ない。
「理解なさっておいでなら問題はないですな。あとは断行あるのみです」
ドリアスはキュアンの内心を知ってか知らずか、そんなことを言う。
「……」
「王子」
ぐいっとドリアスが顔を寄せる。そして、キュアンの耳元で囁く。
「私たちの夢──お忘れですか?」
「……戦乱続くトラキア半島の統一。忘れるものか。わが生涯かけた願いだ」
「でしたら……今なすべきことはひとつでしょう」
「……そうだな。そのためにグランベルの力は必要だ」
キュアンは力強く頷いた。