ファン小説(FE聖戦・親世代)

2

「……クロードさま、クロードさまっ」
 声が聞こえる。彼の名を呼んでいる。不意に涙がこぼれた。いずれ声の主を裏切ることになるからだ。自分をこんなにも信頼してくれている彼女を。
「許してほしい……許して……」
 彼はうめくように呟いた。
「クロードさまっ!」
 次の瞬間、世界が揺れた。
 もちろんそれは錯覚だった。肩を掴まれ、思いきり揺すられたのだ。


「……うむっ」
 クロードはおもむろに瞼を開いた。
 すぐ真上に心配そうな銀髪の少女の顔があった。
「……ティルテュですか。おはよう」
 数回瞬きした後、ゆっくりと朝の挨拶をする。どうして少女がここにいるのか知らないが、あまり気にならなかった。まだ少々寝ぼけているようだ。
「『おはよう』って、クロードさま……そんな何事も無かったかのように」
 ティルテュが脱力したように言った。
「……? 何かあったのですか?」
「あったのですよっ」
 ティルテュの声はちょっぴり尖って聞こえた。そこで宥めるべく声をかける。
「朝からそんなに怒っていては、せっかくの美貌が台無しですよ」
 レヴィン王子がよくフュリーに言っているセリフを真似してみた。これに類する言葉で、フュリーは大抵おとなしくなってしまうようなのだ。ティルテュはどうだろう。
「そんなレヴィンさんみたいなことを言ってもダメですよ」
 ティルテュはつんと澄まして言った。どうやらあからさますぎたらしい。
「そういう軽薄なセリフはクロード様には似合わないんだから」
「そうですか」
 残念そうにクロードは呟いた。
「『軽薄』ねぇ……私はそうは思わないのですが、ま、言葉に対する感じ方は人それぞれですからね。だから誤解も生じやすい……同じ言葉をかけられても『誉められた』と喜ぶ者もいれば『皮肉か?』と警戒する者、あるいは『馬鹿にされている』と憤慨する者もいたりね。難しいものです。でもね……」
 言いかけてクロードは口を噤んだ。司祭としての説法癖が出ている、と反省したのだ。何も朝からこんな会話をすることもあるまい。実際ティルテュも吃驚したように目を丸くしている。彼を起こしにきただけなのに、まさか説法を聞かされるとは思ってもいなかっただろう。
(とんでもない坊主だと思われたでしょうか)
 クロードは自嘲気味にクスっと笑うと、
「あのね、実はティルテュが喜んでくれるかと思ったので、レヴィン殿のようなセリフをいろいろ考えて頭の中に貯めこんでいるのですよ」
 クロードは和やかな口調で言い、ティルテュを見つめた。
「……そ、その努力は認めてあげますけれど、ね」
 ティルテュがなぜか少し赤くなりながら言った。
(もう。天然すぎるわ、クロード様)
 公女はそんなことを口の中でぶつぶつ呟いていた。


 ティルテュが持ってきてくれた蒸しタオルで顔を拭う。
「ふぅ、さっぱりしました。ありがとう」
 クロードは公女に礼を言った。ティルテュが蒸しタオルを準備している間に着替えは済ませてある。
「どういたしまして」
 ティルテュがにっこり笑った。
「クロードさまの寝顔、脂汗が滲んでいてすごく辛そうでしたけど、今はもう平気なんですね」
「脂汗ですか」
「ええ。うわ言をぶつぶつ呟いてるし、ご病気で苦しいのかしらって思ってお起こししたの。お薬が必要かなって。そうしたら、クロードさまったらケロッとした表情で『おはよう』なんですもの。拍子抜けしちゃった」
 先刻奇妙な雰囲気だった原因はそれか。クロードは苦笑した。
「それは失礼しました……嫌な夢を見ていたんですよ。内容は覚えてないんですけどね」
 クロードが言うと、ティルテュはわずかに首をかしげた。何事か考えるように片頬に手をあてながら、
「……ふーん。でも、そういうことってありますよね。目が覚めて胸がドキドキしているけど、どんな夢だったかわからない。わたしも経験あるもん」
「ほんの少し前のことなのに思い出せないというのは、もどかしい限りです」
 しきりに頭を振りながらクロードは言った。
「ねえねえ、そういうときはね」
 何か思いついたらしい。ティルテュがいたずらっぽく笑った。
「?」
「こうすればいいんですよっ」
 いきなり手を伸ばし、クロードのわきの下に潜らせた。
「テ、ティルテュ?」
 公爵家の高貴な姫君らしからぬ振舞いだ。クロードがたしなめようとしたとき、
「うふふ、クロードさま。いっそのこと何もかも忘れて笑っちゃいましょう!」
 そう言いながら、少女は思いきり青年のわきの下をくすぐった。
「わわっ、ティルテュ、な、何をするんです……う、う…うぐっ……!」
 クロードは悶えながらティルテュの手から逃れようとした。けれど少女の手は剥がれない。
「だーめ。逃がさないんだから」
「う、う、うっひっひっ……!」
 クロードは堪えきれずに奇妙な笑い声を漏らした。
「クロードさま、面白ーい!」
 ティルテュは大喜びだ。
「ここはどうかしら。こちょこちょこちょこちょー」
 微妙にボイントを変えながら、ティルテュが責め続ける。笑いすぎてクロードは息も絶え絶えだ。ひくひく痙攣しながら、
「うひっ……ティ、ティルテュ、い、いい加減に……むふぅ……!」
 少女の手を封じるべく、クロードは強引に身を翻した。
「はにゃっ?」
 不意に手が宙に浮き、ティルテュは体のバランスを崩した。
「いやぁん……!」
「おっと」
 前のめりになる少女をクロードは慌てて抱きとめた。
「あ、ありがとう、クロードさま……」
 ティルテュはほぅと息をついた。そのままクロードに体重を預けてくる。
 クロードは無意識に腕の中の少女をきゅっと抱きしめた。掌に少女の暖かい体温と柔らかい肢体を感じた。
 思わずその感触を愉しんでしまう。
「危なっかしい人ですね」
 掠れた声で囁いた。ティルテュの体がぴくっと震えた。クロードは少女を抱く腕に力をこめた。

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