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「ん……んん……」
くぐもった声が聞こえる。
数瞬の後、一つに見えた人影が二つに分かれた。
「はぁ……はぁ……」
微かに聞こえる少女の甘い息遣い。青年の優しげな眼差し──
「しばらく会わない間にすっかりキスが上手くなったな、フュリー」
レヴィンが満足そうに言った。
そのセリフに、朱に染まっていた少女の上気した頬はますます赤くなってしまった……
慌てながらも忍び足で、少年少女は厩舎から脱け出した。
「と……とんでもないものを見ちゃいましたね……!」
真っ赤な顔でラケシスが言った。
愛馬に煎り豆を与えてみようと厩舎に入った二人が見たものは、抱擁し合い唇を重ねるレヴィンとフュリーの姿だった。
初めは度肝を抜かれたが、先に正気に戻ったのはフィンだった。
魅入られたようにレヴィンたちのキスシーンに
「あ、あれがオトナのキスなのかしら……」
上気した頬に手を当て、ラケシスが「ほぅ……」と吐息を漏らす。
そのさまはとても蠱惑的で、王女のことを見ていたフィンはなぜか気恥ずかしくなった。赤くなって視線を逸らしてしまう。ラケシスが見咎めた。
「あ、フィン殿も赤くなっている。もしかすると、あのような場面に免疫が無いのですか」
王女の視線には何かを探るような雰囲気があったが、フィンは気づかなかった。むしろ『キスも知らない子供』と馬鹿にされたのだと邪推してしまう。そこで、
「いいえ、何度か自分でも経験してますし」
と見栄を張った。騎士としての修練に熱心なあまり異性と交際した経験すら無いことは内緒である。
「そうなのですか……」
フィンの返事を聞いたラケシスは少しだけ悄然となった。
「……それでは……フィン殿には郷里に恋人さんが待っておいでなのですね……」
しょんぼりと確認する。
フィンは返答に困った。実在しない“恋人”のことなど答えようが無い。
それに……そもそも彼は嘘を貫き通せる性格ではなかった。
「すみません。か、架空の恋人です……」
とあっさり白状してしまう。
「はい?」
フィンのセリフに王女はきょとんとした。
「国に帰っても、その、待ってる子なんていないんです……」
しどろもどろになりながらフィンは補足した。
説明を聞くうちにラケシスの瞳に輝きが戻った。
それを好奇心ゆえの表情の変化と誤解したフィンは(何を考えているのだろう? 『どうして嘘をついたの?』と質問攻めに遭うのだろうか)と首を縮めた。
けれど、ラケシスの口から発せられたのはフィンにとって意外な言葉だった。
「あの、フィン殿……レンスターのことを教えてくださいませんか。私、外の国のことが知りたいのです」
「あ、はい。それならお安い御用です」
何を言われるか戦々恐々としていたフィンだが、ラケシスのセリフにとりあえず安堵のため息を漏らす。
「それとね、フィン殿」
ラケシスが付け加えた。王女の顔には見たこともない表情が浮かんでいる。
「な、何でしょう」
フィンは思わず襟を正した。その慌てた様子を見たラケシスはくすっと笑う。そして、
「ううん、何でもないです」
と言った。
どうせならキュアンたちも一緒に、お茶を飲みながら、という話になって、二人は場所を移すことにした。
先を歩くフィンの背中を見ながら王女は呟く。
(ねえ、今……好きな人がいないの?)
(そうだとしたら……)
(私が好きになってもいいですか……?)
<Fin.>
投票所で、
>『豆まき』の話し豆まきで話し作って頂きたかった……←作れるか!
というコメントがあったので、調子に乗って思わず、
>↓今夜アップしますよ(書きかけ)。
と返したのが完成の原因みたいなものです…(笑)