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「おにはーそとー、ふくはーうちー」
可愛らしい掛け声が聞こえる。それはもう耳に馴染んだ声で、誰であるかフィンにはすぐわかった。
何をしているのか興味が沸いて、声を頼りに捜してみた。
回廊の曲がった先にその金髪の少女はいた。
「おにはぁ──そと」
木造りの四角い箱を手にし、そこから何やら辺りにばら撒いている。
(まさか発狂したわけではあるまい)と失礼なことを思いながら、フィンは少女に声をかけてみた。
「ラケシス王女、何をなさっておいでですか──痛たたっ」
呼ばれたラケシスが「ふくはー」と言いながら振り向きざま粒状の小物体を投げつけてきた。それが見事に顔面へ命中し、フィンは思わず叫び声をあげる。
「あ、ごめんなさい!」
ラケシスが慌てて駆け寄り謝罪した。
「いえ、いきなりで驚いただけですから」
恐縮するラケシスを宥めてフィンが笑顔を見せる。
「でも、痛そうです……」
赤くなった痕を見ながらラケシスが呟く。
「平気ですよ。騎士たる者、これくらい日常茶飯事です」
フィンは笑った。
「でも……」
「それよりも」
押し問答じみた会話になるのが嫌で、フィンはやや強引に話題を変えた。
「何をなさっておいでなのですか?」
木箱を見ながら尋ねる。
「豆撒きです」
ラケシスが言った。
「マメマキ?」
「兄に教わった異国の風習なの」
にっこり笑いながら続ける。
「春を呼ぶ行事なのですって」
「ノディオンではその風習を取り入れたわけですか」
「いいえ」
ラケシスは首を振った。
「兄からは話を伺っただけ。そのとき『やってみましょう』と申し上げたところ『城が汚れるからダメ』と言われてしまいました」
残念そうに言う。
「それで、エルトシャン陛下がシルベール城に赴任中なのを見計らってマメマキをなさっている、と?」
「はい……! こういうのを『鬼のいぬ間に洗濯』と呼ぶそうですね」
ラケシスがとても楽しそうだったので、フィンは突っ込む気を失った。
「よかったですね」
と言うにとどめる。
「あ、そうだ」
ラケシスが瞳をきらめかせながら提案した。
「フィン殿も一緒に豆撒きを楽しみませんか」
「は?」
「一人だけでやっていてもどうも盛り上がりに欠けるのです」
とても愉快そうだったけどな、とフィンは先刻の情景を思い浮かべた。
「お嫌ですか?」
ラケシスが不安そうな顔をする。
「とんでもない」
フィンは白い歯を見せた。