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シグルド軍がアグスティ城に駐留して既に半年以上が経つ。
おおむね平和な時間が過ぎていったが、この間フィンは槍術の鍛錬を欠かしたことがない。それが戦場で生き延びる可能性を高めてくれると信じているからだ。
この日もフィンは槍を振り、汗を流していた。
そんな彼に声をかける者がいた。
「あら、まだ準備をなさってないのですか」
フィンは振りかえった。声の主は金髪の少女だった。ノディオン王家の姫君である。
「え……? 『準備』……ですか」
(そのような予定があったかな?)
手を休めて首をかしげる。彼女がシグルド軍に合流して以来、フィンはその護衛官を務めていた。
「お花見ですよ。約束したでしょう?」
微笑を浮かべながらラケシスが言った。その表情からとても楽しみにしている様子が窺い知れた。
(そう言えば……)
王女の言葉をきっかけに記憶の底をさらってみたフィンは、ややあってそれらしき出来事を思い出した。
……十日ほど前のことだ。
「この時期、ノディオンではお花見をするのです」
ラケシスが言った。そして心許なそうな表情で付け加えた。
「わかりますか、『お花見』って」
王女の質問にフィンは笑った。
「それはもちろん……レンスターでもそういう行事はありますから。国許ではよくキュアン様のお供をしたものです」
「……楽しいですよね、お花見って」
ラケシスがぼそっと呟いた。そして、ニコニコしながらフィンの顔を見る。どこかおねだりしているような瞳の色だ。
フィンは苦笑した。
「したいのですね、花見を」
「はい……!」
ラケシスの顔が輝いた。
「でも、アグスティではまだ桜は咲いてませんよ。もうすぐ開花するとは思いますが」
フィンが指摘する。
「ええ。ですから……咲くのを待って、ということでどうでしょう」
ラケシスの提案にフィンは頷いた──
どうやらあれから毎日、王女は桜の咲き様を観察していたらしい。
フィンは何となくほほえましくなってラケシスを見つめた。
「今日あたりから満開みたいなのです」
ラケシスははにかんだように言った。