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フィンたちの会話の中で、いつしかエルトシャン王が話題にのぼっていた。
ラケシスにとって、兄について王宮とは無縁の者の意見……つまり忌憚無い評価を聞くのは初めてである。
だからドキドキしながら女将の言葉を聞いていた。
……自分の緊張した顔をフィンが優しい眼差しで見守っていることに王女は気づいていない。
(お話を要約すれば……エルト兄様こそがアグストリアを統べるに相応しい君主だということかしら……? シャガール王が僻みそうね。でも……)
開拓村の人たちは兄王に対してとても良い印象を抱いているらしく、女将の言葉は好意に満ちた内容だった。
近年、ノディオンと対立するアグストリア諸侯から、兄のことを『愚王』『売国奴』と散々罵られてきただけに、暖かい言葉を貰えるとホロリとくる。ラケシスは目頭が熱くなりかけた。
フィンの物問いたげな視線に気づいて、慌てて誤魔化すように何度も瞬きをした。
王女が良い気分で彼らの会話を聞いていると、
「だけどねえ、王族の方々はあたしら庶民とは感覚が違うところがおありみたいで……」
ここで女将は言いよどむように一度言葉を切った。
「……?」
(どうしたのかしら)
ラケシスは思わず彼女の顔を見た。女将は口を閉ざしたままだ。仕方ないので今度はフィンの方を向く。少年も怪訝そうな表情を浮かべていた。
けれど次の瞬間、彼の口元に微苦笑が刻まれた。
(え……?)
フィンの苦笑の理由がわからず、ラケシスは少しだけ戸惑った。しかし彼女もすぐに得心した。女将の瞳がキラキラ輝いて二人を見つめていたからだ。本当は喋りたくてウズウズしているのだろう。
「そこまで口にして、黙ってしまうのはひどいですよ。私も連れの彼女も……続きが気になるあまり全身がむず痒くなりそうです」
苦笑しつつフィンが続けるように促すと、女将は待ってましたとばかりに口を開いた。
「いや、そんな大した話ではないんだよ……エルトシャン王と妹のラケシス姫のことなんだけど……」
(え……私?)
国王である兄と違って、自分は人々の前に露出した生き方はしていない。すぐ最近の出来事であるハイラインとの戦いのことならともかく、それ以外で民衆の話の種になるような知名度はないはずだ。自らの話題を持ち出されることに違和感を抱きながら、ラケシスは続きを待った。すると、女将はとんでもないことを言い出した。
「あの二人、兄妹にしちゃあ仲が良すぎると思わないかい?」
(え……? え……?)
ラケシスは混乱した。