ノディオンの城下町がハイライン軍によって荒らされたのは、もう一年近く前のことである。まだ完全に元通りとはいかなくても、かなりの賑わいを取り戻していた。
あのとき焼けて何も無くなった広場の蚤の市にも、再び人々が集まるようになった。
自国の民びとの逞しさを誇らしく思いながら、ラケシスはフィンを案内してノディオン城下を散策していた──
「ところでフィン殿」
ラケシスが訊いた。さりげない風を装っているが、実は前から尋ねたくて仕方なかったことだ。
「毎朝毎朝、兄と二人きりで塔に昇って、いったい何をしているの?」
ノディオン滞在中、早朝に例の塔へこもるのがエルトシャンとフィンの日課になっていた。
「兄君からは何もお聞きになってないのですか?」
フィンが反問した。
「ええ……その……兄上は『男どうしの秘密だ』とだけ」
「ならば、私も『男どうしの秘密』だから内緒です」
フィンが笑いながら言った。
「あ、ずるい」
ラケシスが抗議すると、
「詮索なんてはしたないですよ、お姫サマ」
澄まし顔でフィンが答えた。面白そうに目がきらきら輝いている。
「むぅぅ……」
効果的な反撃文句をラケシスは探したが、ふいに気が変わった。
古美術商を見つけたのだ。小洒落た感じのたたずまいで一遍に気に入ってしまう。
「ね、フィン殿。あのお店なんかどうかしら?」
「そうですね……店構えなんか結構良い雰囲気ですね。掘り出し物があるかも」
今、かれらはフィンの故郷──レンスターへの土産物を物色していた。
もっとも土産とはいっても、いつ帰れるかわからないから折を見ては郷里の友人たちへ送っているらしいが。
「この間送った卵型の細工物は評判が良かったみたいです。何通か礼状を頂きました」
アグスティで以前ラケシスと一緒に見つけた美術品のことを言っているらしい。
「お下げがかわいいセルフィナちゃんからも?」
「ええ。表面に描かれた白鳥の絵が見事だと手紙には書いてありましたよ。彼女の描いたとおぼしき鳥の絵が同封されてました」
フィンは笑顔を見せた。
「……何だか可愛らしいことをするお嬢さんね」
ラケシスも微笑した。何事であれフィンの役に立てるのは嬉しい。セルフィナがまだ十歳にもならない幼女と知る前だったら、また別の気分になったかも知れないけれど。
「……っと。思わず店の前で話し込んでしまいましたね」
店前で足が止まっていることに気づいたフィンが頭を掻いた。
「そうね。お店の邪魔よと思われたら嫌だわ」
ラケシスも頷く。
そして手を伸ばした。きゅっとフィンの手を握る。
「……え?」
フィンが小さな戸惑いの声を漏らすのを聞いたが、ラケシスは無視して、
「さ、お店に入りましょう」
彼の手を引くようにして歩き始めた。
「あ、あのっ、ラケシス様」
困惑したような声。
ラケシスがちらと盗み見ると、案の定フィンの顔は薄く朱色に染まっていた。この純朴なレンスターの騎士殿は異性の手に触れることすら慣れていないのだ。
(さっきのお返しだわ)
くすくす笑いながらラケシスは考えた。
自分の頬も桜色をしていることに、王女殿下は気づいてないようだった──
どのカップルも、くっつく前の微妙な関係の頃が書いていて一番楽しいですね。