「なあ、ブリギッド」
彼女の渡してくれたタオルで汗を拭いながら、ホリンは思うところを述べてみた。
「お前さん、よく俺たちの稽古を見ているが、もしかして剣の修行をしたいのか?」
すると、彼女は「はぁ?」という表情でホリンを見返した。
「何? いきなり」
不審そうなブリギッドに対しホリンはにこやかに言った。
「遠慮しなくていいさ。いつでも剣を教えてやるよ。シャナンみたいな子供と一緒に習うのがイヤなら個人授業をしても構わないぞ」
親切心を発揮してそう告げる。
「いいよ、別に。私にはイチイバルだってあるし」
ブリギッドはつれない返事をした。
ホリンは一瞬意外そうな顔になるが、
「だけど、考えてみな。弓が使えない場所ではどうする。狭い室内とか」
「その時は逃げる」
きっぱりと言い切る。ホリンは呆れた顔つきになった。
「『逃げる』って、お前……神器使いとしての誇りはどうする」
「いいよ、私にはそんなもの無いから。海賊育ちだしね」
そのセリフにホリンは少しだけ考えこんだ。そして、
「ふうん。ま、いいさ。考え方など人それぞれだしな。だけど……」
ニヤリと口元を歪めた。稚気たっぷりの表情だ。
「?」
ブリギッドはそんな青年の顔をぼんやりと眺めている。
(無用心なことだ……)
そう思いつつホリンはおもむろに手を伸ばしてブリギッドの手首を掴んだ。
「あっ」
ブリギッドは驚いて青年の手を振り解こうとした。が、男の膂力にかなうはずもない。
「こんな風になったらどうしようもないよな」
手首を掴んだまま、ホリンは顔を急接近させて言った。
「離せ、バカ!」
ブリギッドは怒って言う。
「おーおー、威勢のよろしいことで」
ホリンが意地悪く笑った。
「このバカ、やめろ!」
ブリギッドがホリンの耳元で喚いた。その音量にホリンは閉口する。
彼は顔を顰めながら宣言した。
「ウルサイな。このままキスをして口を塞ぐぞ」
「……!」
そのセリフを聞いた途端、ブリギッドの罵声がぴたっと止まった。
瞳を潤ませて、恥ずかしそうに俯いてしまう。
(ありゃ?)
ブリギッドの意外な態度にホリンまで気恥ずかしくなってしまった。単なる軽口にまさかこのような反応を示すとは思わなかったのだ。
「……」
「……」
数瞬の沈黙の後──
「まあ、その、何だ。俺が言いたかったのは、平時でも油断はするなということだ」
ホリンは掴んでいたブリギッドの手首を離し、鼻の頭を掻きながら言った。そしてこの場を立ち去ることに決めた。
「あ……」
ブリギッドが顔を上げ何か言いたそうにしたが、結局黙ってしまった。
掴まれて少し赤くなった手首をのろのろとさする。
ホリンにはその様子がなぜかとても可愛く思えた。そこで、つい言ってしまう。
「んん? やっぱりキスしてほしいのか?」
「ばか……」
ブリギッドが言い返したが、どこか弱々しい口調だった。
<Fin.>