ファン小説(FE聖戦・親世代)

4

(やっぱり、ひとこと言ってやらないと気が済まない! そっちは物見遊山なのかも知れないが、我々にとっては存亡を賭した戦なのだからな!)
 キュアンは心の中で毒づくと、ずかずかとシグルド達の元へ歩き出した。
 ほぼ同時にシグルド達も近寄ってきたので、少し躊躇したが、構わずそのまま進む。
 すると、シグルドはとても嬉しそうな顔でひょいと片手を挙げた。
(何だ、いったい……?)
 人懐こい貌をするシグルドに、キュアンは戸惑ってしまう。
 キュアンの何とも言えぬ表情に気づいたのか、傍らの少女がシグルドの肘をつついた。
 頭を掻いたシグルドは、手を下ろすと神妙な顔つきになる。だけど、楽しそうな瞳の煌きは変わらない。


「レンスター王国王太子キュアン殿下でいらっしゃいますね。私はグランベル王国シアルフィ公爵家公子シグルドと申す者にございます。以後、お見知りおきのほどを……」
 そう言うと、シグルドは騎士の礼をとった。実に堂々とした非の打ち所の無い態度で、キュアンは一瞬気おされてしまう。
(これがさっきまでの色ボケ公子か……?)
 続いて、シグルドの挨拶を横目で(何か失敗でもするんじゃないか)と検分するように眺めていた少女が、
「シアルフィ公爵家公女エスリンです。王太子殿下のご尊顔を拝し奉り、光栄の至りに存じます」
 と自己紹介し、貴婦人の礼をしてみせた。
「あ……その……キュアンです。よろしく」
 気勢を殺がれた感じになったキュアンは、思わず子供みたいな返事をしてしまった。
(いかん、こんな応対では非礼にあたるではないか……! 二人は丁寧な挨拶をしてくれたというのに。それに……シアルフィ公女だって? では、今までの怒りはまるで見当違いだったというわけか……)
 キュアンは頭を抱え込む。
 そんな彼の内心も知らずに、シグルドが暢気な声で、
「ほら、エスリン。キュアン殿下は気さくな方じゃないか」
 と妹に囁きながら微笑した。
「そうね。ドリアス伯爵からお聞きしていたのと少し違うかも」
 エスリンも声をひそめて兄に返事した。けれど二人の会話はキュアンには丸聞こえだった。
「ド、ドリアス卿とお知り合いでしたか!」
 少し吃驚してキュアンが訊く。
「ハイ。知遇を得たのはこちらに参ってからですけれど……キュアン様のこともいろいろとお伺いしましたよ」
 目を輝かせてエスリンが首肯した。
「……エスリン、私は会ってないぞ」
「あの時、兄上は用事があるってどこかへ行っていたもの。わたし、退屈だからレンスターの方たちと色々お話していたのよ」
「ドリアスはそんなこと、おくびにも出さなかった」
 キュアンが呟いた。
(兄妹で来ると知っていたなら、もっと別の歓迎のしようもあったのに……)
 と、腹心に対して少し恨みがましい気持ちを抱いてしまう。
「と、ところで、ドリアスは私のことをどのように申していたのでしょう?」
 小さく咳払いしてキュアンは尋ねた。
「気になりますか?」
 エスリンが面白そうに聞き返す。
「それは一応ね……」
「うふふ」
「はい?」
 いきなり笑い出したエスリンにキュアンは面食らった。
「愛されてますね、キュアン様」
 エスリンはそれだけ言って、後はニコニコと笑うばかりだ。
「それだけですか?」とキュアン。
「はい」とエスリン。
「何を言われたか、ますます気になるのですが」
 キュアンは途方に暮れた顔になった。
「わたしは気になりませんケド……お知りになりたいですか?」
 エスリンの瞳はいたずらっぽく煌いている。
「それは是非」
「だったら……そうですね、わたしと文通友達になってくださいますか?」
「はぁ?」
 話が明後日の方向に飛んで、キュアンは目を白黒させた。
「妹は文通が趣味なのです」とシグルドが説明する。「四歳くらいから始めて、もう大陸中に文通相手がいるんじゃないかな」
「それは……」
 キュアンは目をパチクリさせてエスリンの顔を見た。エスリンは微笑して、
「今度、お手紙でドリアス伯や他のみなさんのしてくださったお話を書かせてもらいますね。ご本人を目の前にしたら、ちょっと恥ずかしいもの」
「うう、何を言われたのだろう」
 キュアンが弱気な声を出す。
「悪口ではないですよ?」
 とエスリンが力をこめて断言した。こんなことで君臣の間に隙が生じてはいけないと思ったらしい。その心遣いに感謝しながら、キュアンは、
「いえ、そんなことは心配してませんよ。何しろ彼らは不必要なくらい私を過保護に扱ってくれますから」
 保護者意識過剰な臣下たちへの軽い嫌味をこめて言った。
「キュアン様って過保護に育ったんですか?」
 キュアンの顔を覗きこむようにしてエスリンが訊いた。
「とてもそうは見えませんけれど」
 一本一本の睫毛が判別できるくらいエスリンの顔が近づき、キュアンはどぎまぎした。戦術の勉強や槍術の鍛錬に明け暮れる毎日の彼にとって、色々な意味で異性にここまで懐へ入り込まれたのは初めての経験だった。エスリン自身はキュアンのことを意識してないようなので、彼の中で余計困惑が深まる。
「えっと、それは……」
 キュアンはうろたえて顔を赤らめた。
 シアルフィ家の兄妹はそんな彼の様子を不思議そうに眺めていた。

 ……彼らの物語は、これから始まるのだ。

[13-04-14]

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