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牢内のリュナンをしげしげと観察した後、サーシャはポツリと呟いた。
「ああ、リュナン様……このような場所で再会とは、サーシャはとても哀しいです」
痛ましげな口ぶりだが、愉快そうな光が碧眼に宿っていた。王女は途方も無い面白がり屋なのだ。この椿事をこっそり楽しんでいるのは疑いなかった。
「まさか、犯罪者になってしまわれたなんて」
「……サーシャ王女、僕のことが分かるんだね」
王女の声も貌つきも冷ややかさとはまるで無縁のものだったので、青年はほっとため息を漏らす。『このような人物は知りません』と一言で切り捨てられる可能性もあったからだ。
「ええ、もちろん」
サーシャが微笑んだ。思い出と暖かい感情が一気に噴出したような表情だ。
「では、この牢から出して欲しい」
リュナンが言う。サーシャは頷いて、ラフィンの顔を見た。鍵を開けて欲しいとの意思表示だろう。そのことはすぐに察せられた。しかし、ラフィンはとぼけた風を装った。ここで悪しき前例を作ることを憂慮したのだ。
「……何でしょう、サーシャ様」
「牢の鍵を開けて欲しいのです」
言葉に出してサーシャが頼んだ。
「……残念ですが、ここの留置場は私の管轄ではありません。勝手に開けたとなると、越権行為として指弾されてしまいます」
筋違いだということをラフィンが遠回しに指摘すると、サーシャは哀しそうに彼を見返した。『ひどい』という感情が顔全体に大書きされている。瞳が少し潤んでいた。けれど彼の言い分の正しさを認めたので、何も言えないようだった。
ラフィンは道理に気づいたらしい王女の反応に満足して、助け舟を出した。
「ですが、ここの責任者に依頼することはできます。サーシャ王女のお言葉として伝えて参りましょうか」
「はい。お願いします」
サーシャが頭を下げた。ラフィンは自分でも少し甘いと思いつつ、
「では、早速」
と言い残してその場を去った。
「ごめんなさい、リュナン様。彼はいい人なのですが、ちょっと融通が利かなくて……」
ラフィンの足音が聞こえなくなってから、サーシャが牢内のリュナンに謝罪した。
「いや、気にしてないよ」
鉄格子の向こうでリュナンは白い歯を見せた。
「実際、彼の言うことが正論だと思うし。牢番が入牢者を簡単に出すわけにはいかないよ。それに、権力者に横紙破りされたら下級官吏は困るだろうな。逆らって馘(クビ)になるのも、かといって職務規定に反するのも嫌だろうからね」
「そうね……私が考え無しでした」
考えこみながら、サーシャが呟く。そして尊敬の眼差しでリュナンを見た。
「リュナン様、すごいです。こんな目にあっているのに、そこまで考えておいでなのですね」
「いやなに」
美しい少女の賛辞に気を良くしたのか、リュナンは鷹揚に笑った。拘留中の人物とは思えない悠然とした態度だ。
「だけど、ここから早く出たいという気分も事実だよ。その点ではサーシャ王女に感謝しているんだ」
「はい……!」
勢い良く頷いた後でサーシャは何かに気づいたように首を振った。
「……ううん、わたしではなく、ラフィンのおかげだわ、リュナン様」
直後──
件(くだん)の騎士隊長が辞表を提出した。それとは知らなかったものの、ラゼリア公国の若君を捕縛し拘留したことに責任を感じたのだ。
「ラゼリアに要求されれば、いつでも我が首を差し出していただきたい」
慰留したラフィンに向かって、騎士隊長は逆に言ってのけた。武人らしい毅然とした態度にラフィンは好感を覚える。
「そんなことはしませんよ」
報告を受けたサーシャが謹慎する彼の元へラフィンと共に直接出向き、そう語った。
「貴方は職務を忠実に遂行しただけ。武装して密入国を図った者達を捕らえるのは当然だと思うの。たとえそれが他国の大貴族であってもね。むしろ、ウエルトの主権を侵犯したことを、リュナン公子に抗議すべきかも知れない」
「サーシャ様」
王女がそういう考えであると知って、ラフィンは意外な思いに囚われる。
サーシャは驚いた風情のラフィンを見て少し苦笑した。
「確かにリュナン公子とは幼馴染で、大切な人だけど──それはそれ、これはこれ、でしょう? ……態度には出してないけれど、今回のことでリュナン公子は気分を害しておいででしょうね。でも、密入国しようと試みたのは彼の方だもの。 他国の貴公子の機嫌と忠実な家臣の進退とでは、後者の方が大事だと私は思う」
そう言うとサーシャは、膝をつき頭を垂れたままの騎士隊長の前に立つ。
そしておもむろにしゃがみこむと、彼の肩に手を置きながら言った。
「ね、だから、貴方には今の地位に留まって欲しいの。もう宮仕えが嫌になったというのなら仕方ないけれど……」
「いえ、そんな……勿体無いお言葉で……」
年甲斐も無く目を真っ赤にしながら騎士隊長は答えた。
「では、辞めないでくれるのですか?」
「は……」
頷く彼に向かって、
「ありがとう」
サーシャは優しく微笑んだ。
(大切な人、か……)
自分にはそのような存在がいるのだろうか。思い返せば、この数年、祖国奪回のことばかり考えていたような気がする。
王女の背中を眺めながら、ラフィンはふと寂寥感を覚えた。
ところで、リュナンの部隊がウエルトに受け入れられたのは、サーシャ救助という功績があったからです。普通に考えた場合、他国の軍隊が無許可で上陸したなら、それは国家主権の侵犯でしょう。例えば日本の沿岸に他国の軍隊が上陸した場合、それを平然と見逃すとは思えません。
というわけで、第1話でサーシャをラフィンが救出したと設定した以上、リュナンにウエルト上陸後の大義名分が成り立たないので、このような展開にしました。リュナンには後の活躍で名誉挽回してもらう予定です(^^;
▼ところで、下記の台詞からリュナンの与党は数十名だったことがわかります。 ゲーム中、何度も「ウエルト数千の兵」という表現が出てくるのですが、わずか数十名の集団を率いる人物がその百倍以上の兵力を擁する外国の軍隊を率いるのは不自然のような気がします。
このことをうまく説明する理由づけを考えているうちに、
「ゲーム本編で語られているストーリーは、実は『カーリュオン伝説』のような、リュナンのリーヴェ王国支配正当化のために創られた『幻想』の『英雄伝説』ではないか」
と、思わず想像の翼をはためかせてしまった次第なんです。