ファン小説(TearRingSaga)
ラゼリアの公子

1

 クーデター発生後、サーシャ王女はただ手をこまねいていたわけではない。

 サーシャの拠ったヴェルジェ伯爵家は有力諸侯のひとつであり、少なからず将兵を動員できる立場にあった。何より、当主マーロン卿は王家への忠誠心が篤く、しかも野心に欠ける人物だった。それゆえ王女は安心して、かつ容易に伯爵の全面的協力を取り付けることができた。
 そして、サーシャはただ一人の王位継承権者という自らが持つ最大の利点を活かして、「我は官軍なり」との宣伝戦を展開した。それによって、日和見の諸侯を自軍に引き寄せる効果を期待したのである。
 他方、武力をもって、まだ点と線の支配にすぎない叛乱軍に反撃を加えた。これにはトーラスの山賊討伐などで実戦を重ねたラフィンとその部隊が大いに活躍した。彼は次々にヴェルジェ周辺の親帝国派の拠点を潰していった。
 これらの作戦の成功で正統性と実力を印象づけた王女派のもとへ、日和見を決め込んでいた諸侯・地方軍が集ってきた。時流に乗り遅れたくない心境は誰しも同じだったようだ。
 その中には、かつて叛乱軍へ同調する動きを見せた人々の姿も存在した。
 しかし、王女は「以前のことは忘れました」と上品な笑顔を見せるだけで、彼らを咎めることをしなかった。同国人どうしで血を流すのは愚劣というものだ。帝国の脅威が迫っている今、ウエルトの国力を弱めてどうする。
 もっとも、投降者にそういった事情は関係無く、彼らは感激して王女への忠誠を誓った。
 こうした王女の言動が人々の口を介して流布し、帰順者が日毎に増えていった。
 いまや叛乱軍は王都とその周辺のみに逼塞していると言えた。
 「自分が後ろ盾にならねば」と考えていたヴェルジェ伯マーロンは、王女の示した一連の手腕に舌を巻いてしまう。また、婿がねと見込んでいるラフィンの軍事能力にも満足した。
 そして、己が生涯かけて支えてきた王国の将来に確かな手応えを感じるのだった。


 ソラの港も王女派がすでに確保している。
 本軍が進駐した際、一人の騎士隊長が拝謁を求めた。元来はやむを得ず叛乱軍に参加していたらしい。が、解放軍のソラ進出に呼応して率いる部隊ごと投降し、そのままソラ守備隊に配置されていた人物ということだ。
 この時、王女は諸侯への政治工作のため多忙であり、ラフィンが代わって彼に面会した。
「不可解な事件がありまして──」
 騎士隊長は困惑した表情で語り出した。四〇代半ばだろうか、赤銅色に日焼けし、実直だが朴訥で口下手そうな風貌だった。
「不思議なだけの──いわば茶飲み話なら後にして欲しいですね」
 一応ラフィンが釘を刺す。
「茶飲み話かどうかはラフィン卿の方で判断してください」
 苦労人の風貌をした騎士隊長は気を悪くしたようすもなく続けた。
「先日、ソラ近辺の海岸に海賊船とおぼしき軍船がやって来まして──」
 彼の話によれば、海賊船から小艇が繰り出され、十数名の人影が降り立ったらしい。
 夜半の行動であり、人目を忍んでいるのは明らかだったが、隠し通すことはできなかった。最近、イスラ海賊の活動が活発化し、港や沿岸の警戒態勢を高めていたからだ。しかもそれは数日続いていた時化も収まり、海が穏やかさを取り戻した晩であり、余計海賊の活動を警戒していたのだ。
 報告を受けた彼の部隊がかけつけ、たちまち小競り合いが始まった。地の利・数の差で勝る彼らは労せず“海賊”の制圧に成功した。とはいえ、互いに死者どころか重傷者さえいなかったのは、“海賊”側が戦意を早い段階で喪失し、武器を捨てて投降したためらしい。
「──集団の指導者と思われる人物の拘束にも成功しまして」
 騎士隊長が言うと、ラフィンが微笑した。
「功績を挙げられたのですな。海賊の脅威を未然に防いだわけで、サーシャ王女もお喜びになるでしょう。早速ご報告させていただきます」
 そのようにねぎらう。が、今の話のどこが『不可解』なのか、よくわからない。彼の武勲自慢に付き合わされたのだろうか。
 騎士隊長はラフィンの台詞に、日焼けした顔を一瞬ほころばせたが、
「いえ、それが小官の任務ですから──それより、わざわざ拝謁をお願いしたのは、“海賊”の頭目に関して気になることがあったからなのです」
 本題に入ったことを察し、ラフィンが身を乗り出す。
「それはどのような?」
「その男が自分はラゼリアのリュナン公子だと言い張ってましてね」
 微かに失笑して騎士隊長が続けた。
「ご丁寧にラゼリア騎士団の青竜の旗まで偽作して持ってましたよ」
 彼によれば、自らを大陸から亡命中の貴顕と偽って、贋者が詐欺行為を働く事件が最近ソラ港周辺で増えているらしい。治安が悪化しているからだろうか。ラフィンは思わず唸った。そしてあることに気づく。
「ふむ、今の時期にラゼリア公子を詐称する意味がよくわかりませんが──」
 彼がグラナダで奮戦中なのは有名な話だ。その人物が唐突にウエルトへ現れても信用する方が稀だろう。
「ええ、ですが万一にも本物かも知れないと思慮いたしまして。それで公子の幼馴染だというサーシャ様にご確認をお願いできたらと考えたのです」
 ラフィンにとって初耳の情報が飛び出した。確かサーシャ王女に外遊の経験は無いはずだが……?
「サーシャ王女の幼馴染ですか。どこからその情報を?」
「牢の中の当人が言っております」
 騎士隊長は肩を竦めた。その仕草にラフィンは思わず笑い出した。
「何だかなあ……」
「ええ。まったく……何とも名状し難い気分ですな」
 騎士隊長も苦笑する。
「それでは一度、サーシャ王女にお伺いしてみましょうか。『ラゼリア公国のリュナン公子は幼馴染でいらっしゃいますか』と。もし王女が肯定されたなら、その人物の主張の真実性も──そうですね、一割ほど高くなるでしょう」
 ラフィンはそう言うと立ち上がった。面会時間の終了だ。

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