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「どうでした、私の演説?」
演壇から降りたサーシャがラフィンに訊いてきた。すでに先遣隊は進発を始めている。
本隊である彼女らにはまだ少し時間的余裕があった。
「兵達の燃えるような瞳が答えになると思いますよ」
ラフィンは微笑した。傍らでマーロン伯も満足そうに頷いている。
「終わった直後はすごい歓声でしたよね。『怒涛のような』というか」
興奮して頬を上気させながら、エステルが口を挟んだ。
「うん、何だか人気のある歌姫の舞台みたいな錯覚に落ちちゃった」
サーシャが照れくさそうに笑う。
王女らの会話を聞いていたラフィンは思わず吹き出した。そして、これではいかんと慌てて咳払いする。
「あ、『身の程知らず』とか思ってるんでしょー?」
サーシャがラフィンに絡んできた。
「兄上、不敬罪かも」
エステルも軽口を叩く。
「やれやれ」
わざと厳しい表情を作って、ラフィンは言った。
「サーシャ王女は解放軍の盟主なのですから、『ちゃった』とか『でしょー』とか、そういう言葉遣いは慎んでいただきたい」
「そう? でも、ここには身内しかいないわよ。ね?」
「ええ」
サーシャとエステルが頷きあって微笑を交わした。ラフィンは一瞬ぐっと詰まったが、
「普段から言い慣れておかねば。あの演説の後で子供みたいな口の利き方を聞かされると、正直がっかりしますね」
と厳しい調子で指摘した。結構無礼な態度だが、それを許す大らかな雰囲気をこの国の王女は持っている。
「……お父様もお母様も別に気になさらないのに。ラフィンの小言おじさん」
サーシャが言った。青い瞳が得意そうに輝いている。効果的な反撃をしたつもりらしい。
「おじさん」
ラフィンは呟いた。確かに彼は二〇代半ばだ。
「……怒りました?」
サーシャが尋ねた。少しドキドキしている様子なのがわかる。軽口好きのくせに、自分の言葉が他人を傷つけてないか気にする性質なのだ。
「いえ、別に……ですが、二〇代の若者を『おじさん』と感じるのは、サーシャ王女がきっとお子様だからでしょうね」
ラフィンは澄まし顔で返事した。「若者」という部分を強調する。そして「フッ」と鼻で笑った。
「ラフィン、ひどーい!」
サーシャが抗議する。とはいえ笑いながらの台詞であり、別に本気で怒っているわけではないようだ。
「……」
エステルの方を見ると、義妹はニヤニヤしてラフィンの言葉を聞いていた。
(わざわざ『若者』という点を強調するあたり、本当は兄上も年齢のことを気にしてるのでしょう?)とでも言いたそうな表情──に見えてしまうのは、ラフィンの僻目だろうか。
そこまで考えて、彼は微苦笑を浮かべた。
(結局俺も巻きこまれているな……)と。
まあ、ある程度の軽口は緊張をほぐしてくれるものだから良しとしよう。
「それにしても壮観ですよね、これだけ大勢の兵馬が一度に移動するなんて。土埃も凄いです!」
エステルがやや興奮した面持ちで言った。ヴェルジェだけでなく、周辺諸侯の兵馬も集まっているため、その規模はかなりのものだった。騎士を志す彼女にとって胸踊る光景だろう。
「エステルは見たことないんだ。王都で時々観兵式をやってるから、私は初めてじゃないな」
エステルの歓声を聞きつけたサーシャが子供っぽく胸を張った。
「あら、私はその観兵式に兄上と一緒に参加したことがあるんですよ。父上の名代としてヴェルジェの騎士団を率いて。ですから、『初めて』ではないんです」
エステルがサーシャに自慢げな顔で言い返した。そして、くすくす笑いながら付け加える。
「『見た』のと『参加した』のでは大違いですわねー」
「むぅぅ……」
サーシャは黙ってしまった。瞳ばかり光らせ、本気で羨ましがっているようだ。
(何を自慢しあっているやら)
ラフィンは苦笑して二人の会話に割り込んだ。
「まあ、そうはいっても例年、陛下の御前で馬揃えする時ほどの将兵は王都に残っていないでしょう。何しろ陛下ご自身が大陸へ出征中ですから。今回の反乱で少数の連中が王都を押さえることができたのも、そのことが大きい」
サーシャがラフィンを見上げた。エステルも真剣な表情に戻る。
「……ええ、そうね。だから、人質の無事はかえって保証されていると考えていいと思う」
サーシャが自分の考えを披露した。
「人質のおかげで、反乱軍の安全が担保されているようなものだもの。自分達の方から命綱を手放す──例えば、人質を傷つけるような真似はしないんじゃないかしら」
サーシャが母妃の心配をする様子を見せず、安心しているのはそのためなのだろうか。
問いただすのも躊躇われて、ラフィンは黙ってエステルと顔を見合わせた。彼女も似たような感想を抱いたみたいだ。
サーシャはそれ以上言葉を紡ごうとはせず、視線を兵達の方に戻した。
王女の内心でいかなる葛藤があるか、真実を余人が窺い知ることはできない。解放軍の盟主として、兵達に動揺を与えまいと懸命に演技しているだけなのかも知れないのだ。
兵達に手を振りながら頼もしそうにかれらを見つめるサーシャの横顔を眺めつつ、ラフィンはそんなことを考えた。
そこで、『ラフィンの救援が間に合っていたら』と仮定して書いたのが第1話です。
その場合、ウエルト解放軍の軍事的指導者はラフィンとなっていたと思うのです。
なぜなら、
1、そもそも解放軍の初期の中核はヴェルジェ砦の部隊でした。
2、また、サーシャ王女をラフィンの部隊で救出した場合、功績的には十分です。
3、さらに、ラフィンは曲がりなりにもウエルト貴族(ヴェルジェの伯であるマーロン卿)の養子です。完全な外国人であるリュナンよりもウエルト軍人にとっては指揮官として受け入れやすいでしょう。