ファン小説(FE聖戦・親世代)

悠久の空 - 天馬に乗って何処までも -

by てんま

 蒼穹の騎士──シレジアを守護し天空を駈けるペガサスナイトたちを、そう呼ぶ者もいる。純白の甲冑に身を包み、真白き天馬を駆る彼女たちは、あたかも神話の戦乙女だ。


 頬をなぶる風が心地よい。
 そして眼下には、どこまでも広がるシレジアの大地──
 樹木や建築物、人間の姿がまるでオモチャのように小さく見える。
 この感覚だけは地上では絶対に味わえないと、フュリーは思ってしまう。
 ペガサスと翔ぶのは、本当に快い体験なのだ。
 だけど、今日はいつもと少し違っていた。


「うわッ、フュリー! 本当に大丈夫なんだろうな!?」
 背後でレヴィンの慌てた声。それを聞いたフュリーが面白そうに指摘した。
「レヴィンさま、お声が裏返ってます」
「しょうがないだろ、こんな女好きで男嫌いのケモノに乗っているんだから。いつコイツに落とされるかと思うと……」
「言っておきますケド、ペガサスって人の言葉が解るんですよ?」
「……フュリー、今のセリフはなしだ。気高く神秘的なペガサスさんの背中に乗れて、ボクは幸せだなぁ」
「もう、レヴィンさまって……!」
 レヴィンの変わり身のあまりの早さにフュリーはクスクス笑い出した。
「俺は本気だぞ」
「次のシレジア王を、ペガサスが邪険にするワケないでしょう? この子たち、自分もシレジア王国の一員だと思ってるんですよ。シレジア王は人間だけでなく、ペガサスたちの王でもあるんです」
 フュリーはレヴィンを安心させようとそんなことを言った。
「……だけど、虫の居所が悪い日だってあるだろうが」
「だったら、しっかり掴まっていてくださいな」
「おうっ」
 レヴィンは威勢よく返事すると、フュリーの脾腹をぎゅっと抱きしめた。
「……や、やわらかい」
「ひゃあっ?!」
 レヴィンの歓声と同時にフュリーが小さく悲鳴をあげる。瞬間、体勢を崩してしまった。その衝撃がペガサスに伝わる。
「うぉぉっ!?」
 ペガサスの体が空中でぐらりと揺れ、レヴィンが絶望にみちた叫び声を出した。
 しかしフュリーは見事な手綱さばきを見せ、ペガサスの翼が安定感を取り戻す。
「た、助かった……!」
 レヴィンが安堵のため息を漏らした。
「もうッ!! どこ触ってるんですかっ! ペガサスですよ、ペ・ガ・サ・ス! この子に掴まっていてくださいっ!」
 フュリーはぷりぷり怒りながらレヴィンに言った。


「……もしかしてレヴィンさまは高所恐怖症なのですか?」
 しばしの気まずい沈黙の後、フュリーがおもむろに訊いた。
「……」
 そんなこと(高所恐怖症)を認めるのは沽券に関わるとばかりに、レヴィンははじめ口を閉ざしていたが、やがて、
「……というよりもだ。こんな足場もない上空で、頼りはペガサスの翼だけで、怖くない奴はあまりいないと思うぞ」
 ぼそっとそう呟いた。
「そうかなぁ? とても気持ちいいのに。わたしなんかペガサスで遠乗りをすると、鬱陶しい気分もすっかり晴れちゃいますけど」
「ほほぅ」
 レヴィンがフュリーのセリフに興味を示した。
「フュリーでも、ストレスが溜まることってあるんだ?」
「何ですか、それ。まるで、わたしが何も感じないおバカさんみたいじゃないですか」
 フュリーが抗議する。
「いや、そうじゃなくてさ」
 レヴィンが宥めた。
「お前みたいに純粋で健気でひたむきな子って、俺は知らないから。そんなお前さんでも、心に毒を溜めるのかなって」
「純……」
 過度とも思えるレヴィンの賛辞にフュリーは一瞬、言葉を失ったが、
「……レヴィンさまはわたしを誤解してますよ。そんな立派なヒトじゃないです、わたし」
 と返事をした。レヴィンを振り返ろうともせず、冷静な声音だったが、彼女の意に反し真っ赤な耳朶がその内心を如実に物語っていた。
「それにね……レヴィンさまが国を出られてから、本当にいろんなことがあったのですよ……辛いことや、哀しいことがいっぱい…」
 ダッカーやマイオスの反目のこと。
 ラーナの苦衷のこと。
 天馬騎士団分裂のこと。
 切々と訴えるフュリーは、いつしか往時の想いに浸ってしまい、涙声になっていた。
「……でもね、一番哀しかったことは……お城の……レヴィンさまお気に入りの場所を見るたびに……そこにレヴィンさまの姿がなくて……もうレヴィンさまには逢えないのかなぁって……」
 フュリーはそのまま黙りこんだ。細い肩が小刻みに震えている。
 胸に引き攣るような痛みを覚えたレヴィンは、思わず彼女の肩に手を載せた。
「大丈夫だよ、フュリー。俺はここにいる。もう、どこへも行かないさ。シレジア……いや、お前のそばから。ずっと一緒だ」
 優しく耳元で囁いた。
「レヴィンさま……?」
 思いもよらぬレヴィンの台詞に吃驚して、フュリーが振り返る。暖かな笑顔がそこにあった。
「俺はな……フュリー。俺は……」
 レヴィンは長い間秘してきた想いをゆっくりと語りはじめた。


 空はどこまでも蒼く。
 雲海はシレジアの雪原のようで。
 運命の気配すら感じられなかったころ──

<Fin.>

[14-08-20]

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